横浜ビジネスグランプリに8年ぶりの再挑戦
農業未経験者でも高品質・多収穫を可能にするシステムを開発
株式会社プラントライフシステムズ 松岡孝幸さん

農業未経験者であっても、テクノロジーを使って農業に参入できる時代がやって来た。
横浜市に拠点を置く株式会社プラントライフシステムズは、早い段階でその分野の研究に乗り出した企業の一つ。ミニトマトをおいしく、かつ大量に作ることができるシステムを開発・販売する事業は、多くの投資家たちの注目を集め、8億円の資金を集めるまでに成長した。今後は研究の対象を野菜や果物に留まらず、植物全般に広げていくという。
横浜ビジネスグランプリ2022でグランプリ(最優秀賞)を受賞した代表取締役・松岡孝幸さんの、少し型破りな起業物語を紹介しよう。

横浜ビジネスグランプリでVCから声がかかり可能性を実感


横浜ビジネスグランプリに8年ぶりの再挑戦
農業未経験者でも高品質・多収穫を可能にするシステムを開発
株式会社プラントライフシステムズ 松岡孝幸さん

--バブルの時期に大学を卒業した松岡さんは、日本企業とアメリカ企業で技術営業を経験。帰国してアメリカ企業の日本法人で働く傍ら、副業で自分の会社を設立した。自動車の自動運転システムに関連する事業だった。そしてある日、現在の農事業につながる運命的な出会いをする。

「公認会計士の先生に、『IT化をしたい農家を手伝ってくれないか』と打診されました。さっそく農家へ行ってみると『トマトが水を欲しがっているけれど、それは自分にしかわからない』と。長年の経験とその中で培われた勘で栽培している様子でした。自動車とは異なる分野でしたが、話を聞くうちに、私が関わっていた“自動車に犬や壁という事物を与えたらどうなるかを数理モデルにして予測する”ということと、“植物に温度や水という事物を与えてどうなるかを予測する”ということは非常に似ていると感じました」


横浜ビジネスグランプリに8年ぶりの再挑戦
農業未経験者でも高品質・多収穫を可能にするシステムを開発
株式会社プラントライフシステムズ 松岡孝幸さん

--車というプロダクトと植物というプロダクトの問題を同じように解いてみようと思いついたのだ。

「エンジニアにシミュレーションしてもらうと、自動車での経験を活かして解明できそうということがわかりました。研究を進めていくと、おいしいトマトをたくさん作ることができるようコントロールする要素は『水』だとわかりました。どういうタイミングでどういう水を与えるか、それが非常に重要なのです。この重要な要素が何なのかは植物によって異なります」

--実は松岡さんは、2014年にも横浜ビジネスグランプリ(※1)に出場している。そのときはこの農業技術を事業化しようとまでは思っておらず、武者修行の意味合いで応募していた。

「技術には自信があって、絶対にグランプリ(最優秀賞)を取れると思っていたら、私は2位でした。残念に思っていたところ、会場にいた複数のVC(ベンチャーキャピタル)の方が『お金を出せると思う。非常にユニークな技術で将来性がありそうだし、マーケットも広いから』と声をかけてくださいました」

--ただ、VCが提示する金額はいずれも500万円程度で、事業化は難しいと感じていた。

「ところが翌年、総務省のI-Challenge!(※2)に応募すると採択されて、2年間で1億円も補助金が出ることになりました。さらに、補助金に採択されたことである大企業が5千万を出資してくれました。これで失敗したら自分の責任だと腹をくくって、本格的に事業を進めようと思いました。むしろ、補助金に採択されて、大きな金額を出資してもらえるような技術でなければ、事業を進める気はありませんでした」

--さらにこの話にはオマケがある。

「大企業が出資してくれたことで、日経新聞の記事になり、勤めていた会社の上層部に副業がバレてしまいました(笑)。辞めるか続けるか聞かれて、独立して自分のやりたいことに専念することにしました」

※1…新たな価値を創造するような製品・サービスの提供を目指す起業家やスタートアップを発掘するため、横浜での起業や新規事業展開に挑戦するビジネスプランを全国から募集し審査するビジネスプランコンテスト。2003年度にスタートした。
※2…ICT分野における我が国発のイノベーションを創出するため、ベンチャー企業や大学等による新技術を用いた事業化等への挑戦に対し、常時応募可能な支援(研究開発費用等の一部補助)を行なっている。採択件数は年に3~5件程度。

出資してもらうために大切なのは“機序”の解明


横浜ビジネスグランプリに8年ぶりの再挑戦
農業未経験者でも高品質・多収穫を可能にするシステムを開発
株式会社プラントライフシステムズ 松岡孝幸さん

--取引先の多くは、意外にも不動産会社やスーパーマーケットなど、農業を本業としていない人たちだ。

「農業経験の部分はテクノロジーでほぼ補完できていますが、農業に長年携わっている人は、我々コンピューターサイエンスの会社が来てもなかなか信用しません。そのため、現段階では、農業を“農事業”と捉える人たちと取引をしています。そういう人たちは、何年で投資回収ができるのかが大事なポイントなので、採算性を明確に提示できるようにしています」

--投資家に信用してもらうために、大事にしているのが“理由の解明”だ。

「農業技術の会社は、『うちはこのやり方で成功したから真似をすればいい』と言うことが多いですが、成功の理由を聞くと答えられない会社がほとんどです。これでは、投資家はお金を出しません。私は日本では、サイエンスで理由を説明しない限り、投資はしていただけないと考えています。この技術を使ったときにどういう効果があって成功したかを明らかにすることを『機序(きじょ)』といいますが、私たちは東京大学や横浜国立大学、東京農業大学などの大学と提携して、この機序解明に力を入れています」

--こうした姿勢が信頼を勝ち取り、コンスタントに資金を調達、現在は資本金が8億円を超えるまでに成長した。

「最初はVC、途中からは学術機関、最近は海外も含めて、事業シナジー(相乗効果)を考えた事業会社からの出資が増えています。中小企業は銀行からお金を借りて利益をあげて、次の展開をするときにまた資金を借りるという、ステップバイステップの成長です。対して我々スタートアップは、自分たちの技術や将来計画が優れていることを表に出し、投資を得て事業を拡大します。投資を得るためには本質的価値が何なのかを説明することと、段階的に社会実装されていること、成長戦略の道筋などを含めたエクイティストーリー(※3)が必要です」

--資金が集まってくると、さらに資金を呼ぶようだ。

「私たちが出資を受けているある総合商社のデューデリ(※4)は大変厳しいと有名です。日本でも3本指に入る法律事務所が会計などをすべて確認します。税務調査より詳細なレベルで、何人もかけて何日も調査します。そのため、それを知っている人たちからは、『あそこのお墨付きが出たなら投資します』と、さらにお金が集まってきます」

--もちろん、こうして資金が集まる裏には、様々な苦労もある。

「若いスタートアップの人は、失敗するとできなかった理由を説明しようとしますが、投資家はそんなことを聞きたくはありません。『今回、できない理由がわかった。次はこうやればできるから、また出資してください』というのが、私のやり方。それが“説明責任”だと思っています。だからうまくいっていないときは、辛辣な意見を言われますし、常にプレッシャーはあります。普通の人には耐え難いことかもしれません。でもそれは、ストレスでなく期待なので、そこから逃げないこと。失敗したら、できるまでやる。それだけです」

※3…企業が新株発行や資金を調達する際に、投資家や株主に向けて事業内容や事業計画を説明する資料。
※4…デューデリジェンス。投資を行なうにあたって、投資対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査すること。

スタートアップサポートの予算が大きい横浜市で様々な支援を活用


横浜ビジネスグランプリに8年ぶりの再挑戦
農業未経験者でも高品質・多収穫を可能にするシステムを開発
株式会社プラントライフシステムズ 松岡孝幸さん

--横浜を拠点にしたのは、住んでいる場所という理由もあるが、起業のしやすさも大きな理由だったという。

「横浜市はスタートアップに対するサポート体制が整っており、多くの予算を確保しています。しかし、東京よりはるかにスタートアップが少なく、サポートしてもらえる可能性が高いです。近年も横浜知財みらい企業(※5)に認定していただくなど、様々な形でサポートを受けています」

--そんな中、2022年には8年ぶりに横浜ビジネスグランプリにも参加した。

「2度目のチャレンジとなる今回は絶対にグランプリ(最優秀賞)を取れる自信があって、実際にその通りになりました(笑)。このときに良かったのは、審査員長をなさっている株式会社アルテ サロン ホールディングスの代表取締役会長・吉原直樹さんと知り合えたことです。吉原さんとシャンプーに使う界面活性剤の話をしたことが、新たな事業につながり、改めてこうした機会は大事だと思いました」

--以前は愛知県に開発農場を持っていたが、2023年に横浜市の農家と提携し、「研究農家」として、研究に協力してもらえる体制も整った。今後は横浜で培ったノウハウで海外を視野に入れて事業を発展させていく予定だ。

「横浜市のような都市での農業は農場が小さいため、農場へのシステム販売には限りがあります。弊社の技術・ノウハウで知的財産を確立して、地方や海外に売るというのが、望ましいビジネスモデルだと考えています。今、弊社は海外に出資を募っており、実際に資金調達が実現しています。東南アジアのマレーシア、シンガポール、タイといった国々は内需拡大が進んで豊かな人が多くなっています。この機会を捉え、海外に打って出ることが成功への道であると思っています」

※5…知的財産活動を通じて経営基盤を強化し、未来に向けて成長を志向する企業を認定し、その成長・発展を支援する制度。知的財産権の取得費用等の助成や融資での優遇などの支援を行う。運営は公益財団法人横浜企業経営支援財団。

会社が成熟してきたらどんどん責任を委譲する


横浜ビジネスグランプリに8年ぶりの再挑戦
農業未経験者でも高品質・多収穫を可能にするシステムを開発
株式会社プラントライフシステムズ 松岡孝幸さん

--創業以来、型破りな姿勢でアグレッシブに駆け抜けてきた松岡さんだが、人間関係では思うようにいかないこともあったようだ。

「私たちがやっているのはイノベーティブなことなので、他の方にはよくわからない。わかったときにはもうイノベーションは終わっています。つまり、わからない、難しい時点で難しいことを説明しなければならないから、イノベーターと詐欺師は紙一重で、当たると起業家と言われ、外れると詐欺師と言われます。だから人間関係は、半分は応援してくれる人で、半分は『何だよ、あいつ』って思っている人、くらいの感覚でいいんじゃないでしょうか。(笑)」

--当初5人で始まった社員数は最大22人にまで増えたが、現在は7人の少数精鋭で運営している。

「私は採用が得意ではなく、大抵失敗しています(笑)。私と同年代だと定年も見えてきて、『嘱託になったときに、松岡の会社なら給料20万以上は出してくれるだろう』という考えで近づいて来る人もいます。でも、本当に必要なことは、同じことを一緒にやりたいというエモーショナルな部分だけだ、ということに失敗を重ねて気づきました。そして社員は“必要な人数マイナス2人”くらいで運営すべきだと考えています。仕事が大変なくらいでやらないとコスト面はきついです」

--その中で最近感じているのが、仕事を部下たちに渡すことの大切さだ。

「可能な限り私は現場に行っちゃいけないんだなと。成熟してきたらどんどん責任を委譲しなければいけない。自分がやったら10になるものが、人がやったら8や6にしかならなかったりするけど、それは当然で、それで良し。人に任せた間に、私は私にしかできない仕事があるので、それをやる。たとえば大手の社長と会って取引をトップダウンで成立させるとか、そういうことですね。時間は限られているので、どんどん広げていかないいけない。私たちと大手との一番の違いは、資本は無いけどスピードがあることなので、それは大事にしないといけないと思っています」

--最後に松岡さんから、起業を考える人にメッセージを頂戴した。

「起業するには、自分が最初に考えていたものをやり遂げる気持ちが必要です。時が経つと枝葉末節は変わってくるけど、折に触れて最初の目的に立ち戻ること。私に関して言えば、我々の会社があることで、食糧危機を回避できたり病気が治ったりなど、間接的に誰かの役に立っていたい。企業は営利団体だからお金を儲けることが不可欠ですが、それだけでなく、人が豊かになる、助けになっている企業でありたいです。私が死んだ後に『プラントライフはこういう志を持った松岡が創った会社で、今、世界の食に欠かせない企業になっている』なんてことがWikipediaにでも書かれていたら良いかな(笑)」

【プロフィール】
松岡孝幸氏
株式会社プラントライフシステムズ 代表取締役
1967年生まれ、富山県出身。東海大学海洋学部卒業。
カシオ計算機株式会社とアメリカのソフトウェアの企業で技術営業を担当。2014年10月、株式会社プラントライフシステムズ設立。

【取材】
2024年1月
インタビュアー/古沢 保
執筆/古沢 保
編集/馬場郁夫・桑原美紀(株式会社ウィルパートナーズ)