横浜国立大学発ベンチャー ヒトの転倒リスクをわずか1分で計測し、対策を提案する UNTRACKED株式会社 神谷昭勝さん・島圭介さん
上條さん(左)、島さん(中央)、神谷さん(右)

大学での研究成果を事業化して社会に還元する大学発ベンチャーが注目を集めている。大学発ベンチャーでは、大学にあるシーズ(※1)を社会実装して事業化し、確保できた利益をまた研究・実験に投資する。
UNTRACKED株式会社は、横浜国立大学准教授・島圭介さんらの研究成果を神谷昭勝さんらと共同で事業化した企業である。最初の製品「StA²BLE(ステイブル)」は指に装着してわずか1分でその人の転倒リスクを測定でき、労働現場での転倒事故を抑止できる装置として、さまざまな企業から引き合いが来ているという。
新たな起業スタイルとして可能性が広がる大学発ベンチャーの実態に迫る。

ベンチャー経営経験のある神谷さんが島研究室の成果に着目

横浜国立大学発ベンチャー ヒトの転倒リスクをわずか1分で計測し、対策を提案する UNTRACKED株式会社 神谷昭勝さん・島圭介さん

--神谷昭勝さんは民間企業を定年前に退職後、ベンチャー企業の経営に携わる中で、もう一度勉強がしたいと考え、母校である横浜国立大学に社会人ドクター(※2)として再入学した。専門分野は生体信号(脈波や心電信号など)により人のメンタルやフィジカルの状態などを解析することであったため、同様の研究をしている島研究室の扉を叩いた。

神谷「先生方の研究成果を見て、事業化できると感じました。島先生もちょうど事業化したいと考えていらして、その流れで2019年に会社を設立しました。いくつかの研究の中で、一番製品化に近かったのがStA²BLEでした」

※1…元々は「種」の意味で、マーケティングにおいては商品やサービス開発の素となる技術やノウハウ、素材や材料を指す。
※2…社員等としての籍を持って働きながら、大学院の学生としての籍も持ち、博士号取得を目指して研究に取り組む学び方を指す。

横浜国立大学発ベンチャー ヒトの転倒リスクをわずか1分で計測し、対策を提案する UNTRACKED株式会社 神谷昭勝さん・島圭介さん

世界初の立位年齢検査装置StA²BLE(ステイブル)

--ヒトが何かに触れていると安定する現象をライトタッチという。島さんらは指先に振動を与えることで、この現象を再現できることを世界で初めて発見。この振動を与えたり無くしたりすることで、1分間で転倒リスクを測定できるようにしたのがStA²BLEだ。神谷さんらはこれを製品化するために必要なことを行動に移した。

神谷「研究室レベルでは試作に莫大な費用がかかっていましたが、原価を大幅に下げる工夫をしました。また、初めて利用する人でもきちんと計測できるようにアプリケーションも使いやすくしました。最大の課題は、転倒リスクがわかったとして、その後どうすればいいのかということでした。そこで理学療法士の先生と相談して、身体系と感覚系の能力を改善するための体操プログラムを開発しました。こうしたことは研究室はやらない領域なので、UNTRACKEDが担当しました」

--資金は日本政策金融公庫の融資のみ。当初1~2年は売上が立たないため、様々なコンテストに応募し、運転資金を確保しながら認知度向上に努めた。受賞歴は「第2回ヘルスケアベンチャー大賞(※3)大賞受賞」「第1回ケアテックグランプリ(※4)最優秀賞」「第2回技術シーズの社会実装化助成金はまぎん財団 Frontiers大賞(※5)受賞」など実に華々しい。

神谷「研究開発用の費用については、ものづくり補助金(※6)から1,000万弱、NEDO(※7)から500万を助成のもとに量産化することに成功しました」

※3…日本抗加齢協会主催。厚生労働省や経済産業省などが後援。
※4…株式会社リバネス主催。リアルテック領域(ものづくり、ロボティクス、モビリティ、IoT、人工知能、素材、エネルギー等)の技術シーズと起業家の発掘育成を目的としたビジネスプランコンテスト。
※5…公益財団法人はまぎん産業文化振興財団主催。
※6…中小企業庁および独立行政法人中小企業基盤整備機構が公募する「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」。革新的な製品・サービスの開発、生産プロセス等の省力化を行い、生産性を向上させるための設備投資等を支援する補助金。
※7…国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構。民間企業に対する資金の助成をしている。

研究しながら社会に出ていくルートを学生に見せられる

横浜国立大学発ベンチャー ヒトの転倒リスクをわずか1分で計測し、対策を提案する UNTRACKED株式会社 神谷昭勝さん・島圭介さん

--研究の主体である島さんにも話を聞こう。島さんは2012年に広島大学から横浜国立大学に助教として着任した。

島「学生時代から、こうした技術は社会に役立つことからサービスとして提供したいと思っていました。2016~17年頃、研究パートナーである島谷康司先生(県立広島大学)と、事業化に向けて動こうとしたことがあり、横浜国大の産学連携の担当者に話を聞きましたが、研究室を回しながら2人でやるのは難しい、ということになり下火になっていました」

--そこに神谷さんという、ビジネスのプロが現れて、起業が実現することになった。

島「神谷さんに、どういう形態やサービスで、どのくらいの期間で利益確保を目指していくのかなどのたたき台資料を作っていただきました。私たちは経営や組織には疎いので、全面的に神谷さんを信頼しながらも、言いたいことを言って形にしていただいています(笑)」

--ちなみに横浜国大に、起業の文化はあったのだろうか。

島「学内の研究者がご自身の技術を使ったアプリケーションの開発を手伝うといった起業はありました。ただ、今やっている研究をブラッシュアップさせ、市場を開拓しながら事業運営をしていく、という起業は私が初めてと言われました。当時は大学発ベンチャーの称号やライセンスなどの規定はありませんでした。その後、2022年に大学発ベンチャーの認定制度ができ、運用面でも様々な制度が整備されていきました。今では研究者のほか、学生主体のベンチャーも含めて30社程度存在します」

--起業から4年半経つ今の手応えや会社との関わり方について、どのように感じているのか。

島「神谷さんがいなければ、ここまで販路を開拓して、社会実装することはできなかったと思います。予想以上に会社の仕事が忙しくなり、人を増やさなければならないという嬉しい悲鳴もあります。神谷さんと、研究室の卒業生で、現在社員として働いている上條さんの力が大きいです。研究者として研究しながら社会に出ていくルートもある、ということを自分で体験して学生に見せられるメリットもあると考えています。

私自身は、自分が今、大学の人間として話しているのか、会社のCEOとして話しているのか、できる限り明確に説明できるようにしています。完全に切り分けることは難しいのですが、事業のために学生指導が疎かになる、あるいはその逆で会社の判断が遅れるといったことがないように、常に意識しています。研究者が事業を進めるのは難しいと聞くこともありますが、私は会社を任せきりにするのではなく、主体的に関わっていきたいと考えています」

横浜市は話の広がりが早く、機会も多い

横浜国立大学発ベンチャー ヒトの転倒リスクをわずか1分で計測し、対策を提案する UNTRACKED株式会社 神谷昭勝さん・島圭介さん

--神谷さんは、横浜市の支援制度を上手に活用している。2022年12月には横浜市スタートアップ社会実装推進事業「トライアル導入コース」(第1弾)に採択された。

神谷「申請はこれまでまとめていた資料を活用したため進めやすかったです。採択された結果、横浜市が庁内でStA²BLEを使いたい部局を募集してくださり、スポーツセンターとシルバー人材センターと経済局から声がかかりました。スポーツセンターでは5か所でシニアに対する実証実験ができ、100人以上の貴重なデータが得られました。スポーツセンターを利用するシニアの方々の結果が全国平均より良かったので、市にも喜ばれました」

--YOXO BOXにもStA²BLEを展示。「YOXO BOX Meetupスタートアップ製品展示者2023 ショートピッチ」には研究室の卒業生で現在は社員である上條さんが登壇した。

上條「それまでは登壇はすべて島先生がされていたのですが、最近はやってみようと言われて自分が話すことが増えています。大学発ベンチャーで専門用語が多いため、オーディエンスの顔を見て伝わっていないなと思ったら次は表現を変えてみるなど、学会の発表とは違う視点が必要です。発表は社名で五十音順のことが多く、たいていトップバッターになってしまいますが(笑)、他社の発表も参考になる部分が非常に多いです」

神谷「会社としては次世代の人材を作らないといけないので、会社や事業について正確に説明できるようになるために、ピッチはいい勉強の機会になります」

--「テクニカルショウヨコハマ(※8)」にも出展している。

神谷「あるコンテストに優勝した副賞で出展して以来、毎年出展しています。展示会場でいろいろな方と話して、何件かStA²BLEの導入にもつながりました。名刺交換する数が多いのもありがたく、データベースを作ってリリースやイベントの案内などに役立てています」

--以前、広島にいた島さんは横浜での活動に大きなメリットを感じている。

島「地方には地方の良さがありますが、横浜市はチャンスが多いと感じます。何しろ人が多いので話の広がりが早く、国際的なことも含めてニーズを把握する機会も圧倒的に多いです。その分ライバルも多いので、潰れてしまうかもしれないけど、チャンスをつかめれば、成功の規模も大きくなるはず。地方の大学にいて同じことをやっても、ここまで大きくなれたかはわかりません」

※8…神奈川県下最大級の工業技術・製品に関する総合見本市。公益財団法人神奈川産業振興センター、一般社団法人横浜市工業会連合会、神奈川県、横浜市主催。2024年は800社以上が参加。

大学内のシーズを気軽に発信できる場があれば、大学発ベンチャーがさらに活気づく

横浜国立大学発ベンチャー ヒトの転倒リスクをわずか1分で計測し、対策を提案する UNTRACKED株式会社 神谷昭勝さん・島圭介さん

--最後に、他のベンチャーにも関わってきた神谷さんに、大学発ベンチャーについて聞いてみよう。

神谷「大学発ベンチャーにはさまざまなメリットがあります。横浜国大では大学ロゴの使用を許可されているので、我々を知らない人からも大学の後ろ盾による安心感・信頼感を持ってもらえます。事務所を研究室のすぐ近くに持てるのも、非常に助かっています。残念ながら家賃は発生しますが(笑)。そしてアルバイトの形で、質が高くて責任感がある学生たちに研究を手伝ってもらえるのもいいところです。学生にとっても勉強になる上、インターンとして履歴書に書けるのでお互いメリットがあるのではないでしょうか」

--ビジネスプランコンテストや補助金への応募を、どう事業に活かすのか。

神谷「ビジネスプランコンテストは、これからベンチャーをやりたい方には強く勧めたいです。優れたアイデアを持っていてビジネスをやりたいと思っていても、それは自分の考えだけに留まっています。アイデアをどのように言葉にして、どのように社会に提案できるかが大切です。

ビジネスプランコンテストは、審査員が客観的に評価し、またフィードバックのコメントももらえるので事業のブラッシュアップにとても役立ちますし、もし受賞できなくても、修正してまた挑戦すればいいだけです。他者の目に触れず、良くない点を修正しないまま、ただお金だけ何度も借りて事業をするのは、かなりリスクが高いことです。またビジネスプランコンテストに出場したことがきっかけで、出資したいという方に出会うこともあります」

--今後、大学発ベンチャーはさらに広がっていきそうだ。

神谷「大学には沢山のシーズがあって、ビジネスにしたい人も多くいます。一方、どうやって言葉にして社会に提案したらいいかをわからない人が多いです。研究者にはアピールが苦手な人が多く、そういう人たちが気軽に発信できる場所があればいいですね。大学外の人の目に留まることで、面白いと感じてアクセスしてくる人もいると思います。また私のような会社運営の知識のある人間とマッチングすることも大事です。海外では学生がアグレッシブにビジネスを始めていますが日本ではベンチャーをやりたい学生は非常に少ない。失敗を恐れるからではないかと思います。意識改革と社会環境の改革が必要です。島先生のように、研究者が成功例を見せることで、大学発ベンチャーがさらに広がると思います」

【プロフィール】
神谷昭勝氏
UNTRACKED株式会社 代表取締役COO
1957年生まれ、マカオ出身。横浜国立大学大学院工学部修士課程修了。
17歳で日本に帰国。電気機器メーカー・ファナック株式会社やヨーロッパの半導体メーカー・STマイクロエレクトロニクスに勤務。2013年より株式会社TAOS研究所、2016年より株式会社ミウルスの経営に関わる。

島圭介氏
UNTRACKED株式会社 代表取締役CEO
横浜国立大学大学院環境情報研究院 社会環境と情報部門 准教授
1983年生まれ、徳島県出身。広島大学 大学院工学研究科 博士課程修了。
2012年、横浜国立大学 大学院工学研究院 助教。2013年、同准教授。2022年より現職。

上條冬矢氏
UNTRACKED株式会社 研究員
1996 年生まれ、⾧野県山形村出身。
横浜国立大学大学院理工学府 数物・電子情報系理工学専攻 博士課程前期修了。
2021年に島研究室卒業後、UNTRACKED株式会社入社。

【取材】
2024年2月
インタビュアー/古沢保
執筆/古沢保
編集/馬場郁夫・桑原美紀(株式会社ウィルパートナーズ)