「子ども専用相乗りタクシー」で親も子もやりたいことをあきらめない社会へ hab株式会社 豊田洋平さん

hab株式会社 代表取締役兼CEO 豊田洋平さんは、横浜を皮切りに「子ども専用相乗りタクシー」という、習い事などへの子どもの送迎サービスを提供している。

子どもの習い事に関して、送迎のために親の仕事に支障が出たり、逆に親が送迎できないために子どもが習い事に通えなかったりする状況を解消したい。そのような思いで始めたこのサービスは今、市や関連企業を巻き込んだコンソーシアム(※1)を形成して、大きな事業に成長している。
テレビや新聞等のメディアで取り上げられるなど、共働き家庭が増加する中、保護者が子どもの習い事送迎の時間を確保できないという課題を解決し、親も子もやりたいことをあきらめない社会を実現するサービスとして注目を集めている。

※1…こどもの送迎課題解決を目指し、hab株式会社が幹事企業として設立した公民連携のコンソーシアム「こどものみらい共創プラットフォーム」。
教育・医療事業者、タクシー事業者、行政(神奈川県、横浜市)など様々な企業・団体が加盟。

副業でスタート、ビジネスコンテストで自信をつけて独立

代替テキスト:「子ども専用相乗りタクシー」で親も子もやりたいことをあきらめない社会へ hab株式会社 豊田洋平さん

--豊田さんは自身が子どもの頃、母親が苦労しながら自分たち兄弟を習い事に通わせてくれたことを覚えている。20年以上経った現在でも、そうした状況が変わっていないと感じたことがアイデアの源だった。最初は、当時勤めていた鉄道会社で新規事業として提案した。前向きに検討されたものの、コロナ禍などの事情もあり、残念ながら企画は見送りとなった。

「ただ、直属の上司が企画の意義をよく理解してくれて、社内でダメなら自分でやってみたらどうだと言ってくれました。そこで、会社の副業制度を活用して、、2022年8月にhab株式会社を設立しました。本業が終わった18時からは100%事業に専念し、どうしても勤務時間中に予定が入ってしまうときは、同僚と調整したうえで有休を取るなどしてスケジュールをやり繰りしていました」

--その年に参加した神奈川県の「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(KSAP)」(※2)への採択、東京都の「Tokyo Startup Gateway(※3) 2022」で最優秀賞受賞により、事業のニーズや可能性について調査できたことで、起業できるかもしれないという希望を持つことができた。それ以降、横浜市の「スタートアップ社会実装推進事業」(※4)や「YOXO Accelerator Program」(※5)への採択、「横浜ビジネスグランプリ2024~YOXOアワード~」(※6)での最優秀賞受賞を授賞。様々な自治体のビジネスコンテストや支援プログラムに応募し、成果を挙げていく。プロダクトの開発資金を得るのが主な目的だったが、それ以外にも大きなメリットがあった。

「神奈川県のKSAPに採択されたことで、みなとみらいにあるベンチャー支援施設SHINみなとみらい(※7)に入ることができました。ここには起業家同期とも言える仲間が常にいて、今どんなことに困っていて、どう対処しているかなどを、いつでも話し合える環境だったのが心強かったです。『子ども専用相乗りタクシー』には、保護者が車内の様子を確認できるカメラを設置していますが、このカメラもここで出会った仲間が開発したものを使っています。

また、横浜市の「スタートアップ社会実装推進事業」など、自治体の支援プログラムを活用することで、その地域の行政や企業の方たちと接点が構築できることが最大のメリットでしたね。『子ども専用相乗りタクシー』を展開していくには、教育セクターや交通セクターとのつながりが必要不可欠で、今はネットワーク作りや自治体の信頼を得ることが主な目的になっています」

――自治体のビジネスコンテストや支援プログラムを活用することで事業の必要性を確認できたことや、VC(ベンチャーキャピタル)から資金調達できたことをきっかけに2023年8月に会社を退職し、自社の事業に専念するようになった。

※2…神奈川県産業振興課主催。2017年にスタートした社会課題解決型スタートアップの成長を支援するプログラム。

※3…東京都産業労働局主催のスタートアップコンテスト。創業資金・支援メニューを提供し、メンターとともにプランをブラッシュアップしてくれる。対象は15歳から39歳までの起業を目指すアイデア・プラン段階の個人。

※4…横浜市経済局によるスタートアップの優れた技術やアイデアの事業化を後押しする事業。実証実験の実施や新製品・新サービス等のトライアル導入のコーディネート・マッチングといった支援を実施(2022年度、2023年度実施)。

※5…横浜市経済局によるスタートアップ支援プログラム。最先端分野での地域課題解決・新価値創造に挑戦するスタートアップを対象として、スタートアップ成長支援拠点「YOXO BOX」において、専門家によるビジネスモデルのメンタリングや事業会社とのマッチング、ベンチャーキャピタル等に向けた成果報告会を実施し、約半年間かけて成長・発展を支援。

※6…公益財団法人 横浜企業経営支援財団主催
、横浜市経済局共催。新たな価値を創造するような製品・サービスの提供を目指す起業家やスタートアップを発掘するため、横浜での起業や新規事業展開に挑戦するビジネスプランを全国から募集し審査するビジネスプランコンテスト。2003年度にスタートした。

※7…ベンチャー企業の成長促進を目的にした施設。コワーキングスペースや会議室、イベントスペースなどがある。

横浜市の支援で実証実験を実施、コンソーシアムづくりに奔走

代替テキスト:「子ども専用相乗りタクシー」で親も子もやりたいことをあきらめない社会へ hab株式会社 豊田洋平さん

「横浜で創業したのは、都心に出勤する共働き世帯が多く、都内在住者よりも通勤に時間を要するため、習い事送迎時間の確保が難しい保護者が多いと仮説を立てたからです。これは当たってはいましたが、始めてみると、都内なら都内で5分の距離でも送迎してほしいというニーズもあり、どこの地域でも共働き家庭であれば等しくある需要だと感じています」

――横浜市の「スタートアップ社会実装推進事業」では、現在のコンソーシアムにつながる関係者とのコーディネートや、実際に子どもが乗車する実証実験の支援を受けた。

「横浜市スタートアップ社会実装推進事業に2年連続で採択され、2023年3月には2週間で延べ48人の児童に参加してもらい、タクシーを運行する実証実験ができました。『子ども専用相乗りタクシー』が初めて形となったことでメディアにも取り上げてもらえましたし、それまでは個人の需要を想定していたのが、法人の方に需要があるということもわかり、ビジネスモデルが見えてきたのが大きかったです」

――一方で進めていたのが協力体制づくりだ。「子ども専用相乗りタクシー」を実現するためにはタクシー会社をはじめ、停留所となってくれるスポットや行政、保険会社、デジタルタクシーチケット発行者など、様々な関係者が一体となったコンソーシアムが必要だった。

「最初に当たったのがタクシー会社だったのですが、伝手もなく直接メールで打診して話を聞いてもらいました。そういった努力は苦になりませんし、話を聞いてもらわないと進まないので。現在投資をしてくれているVCも、僕のそういった行動力に投資してくれたようです」

――タクシー会社を起点にして、他の構成団体ともつながっていった。こうしてでき上がったコンソーシアムは「こどものみらい共創プラットフォーム」と名づけられ、国土交通省「地域交通共創モデル実証プロジェクト(※8)」にも採択された。そして2023年11月には、山中竹春横浜市長と共に記者会見を行ない、テレビ番組にも取り上げられた。

※8…現「地域公共交通共創・MaaS実証プロジェクト」。交通の実証事業における運行経費等を補助するとともに、実地伴走型のフォローを行なうことにより、必要な課題等を整理し、地域公共交通の持続可能性を高めていくことを目指す。

地域住民とのコミュニケーションを重視し地域密着型サービスを構築

代替テキスト:「子ども専用相乗りタクシー」で親も子もやりたいことをあきらめない社会へ hab株式会社 豊田洋平さん

――対外的な知名度を上げる活動の一方で、身近なコミュニケーションも大切にしている。

「母親と子どもが参加するイベントに出展して声を集めたりしました。現在複数の施設にご利用いただいていますが、スイミングスクールやサッカークラブ、歯科医院など、ほとんどがイベントや実証実験で出会った保護者の紹介で施設から問い合わせをいただき、契約につながったものです」

――地域密着型のサービスのため、住民との関係は不可欠だ。利用する児童の保護者からの紹介となれば、施設も前向きに検討するだろう。フットワーク良く人とのつながりを大切にし、チャンスは確実につかむことで成長してきた。最近は関西の施設や全国展開のスポーツクラブからも問い合わせがある。今後はどんな展望を持っているのだろう?

「神奈川県内小学生のうち14万人を潜在顧客と設定し、2026年までに総額135億円の『子ども公共交通市場』を創出することを目標にしています。まだ黒字化していないので、まずはそこをクリアして、関東圏から広げていきたい。今は何か問題が起きた際に私と事務局の4、5人のメンバーが手を動かして対応している状態なので、オペレーションの構築が重要と考えています」

「子ども専用相乗りタクシー」で親も子もやりたいことをあきらめない社会へ hab株式会社 豊田洋平さん

――habのタクシーは運行中はマークの付いたマグネットを貼っている。いずれは全国で横浜発のhabのタクシーを目にするようになるかもしれない。

「habはデンマーク語の『håb』が由来で、希望という意味です。デンマークの町は自転車で移動しやすく、ヒューマンセントリックスな設計になっているのがいいと思い、地域のハブになるという意味も込めて名づけました」

「なぜ起業するのか」という動機が大事

代替テキスト:「子ども専用相乗りタクシー」で親も子もやりたいことをあきらめない社会へ hab株式会社 豊田洋平さん

――2023年12月の「YOXO Accelerator Program 2023 Demo Day(成果報告会)」で関心持ったVCの伝手でまとまった投資を受けることもできた。こうした支援プログラムへの参加をきっかけに、YOXO BOXにもオフィスを置くようになった。
最後に会社を退職して独立に踏み切った際の心境を改めてお聞きした。

「退職した時点で今の事業を軌道に乗せられる確信はまったくありませんでした。今もまだまだ道半ばです。ただ、失敗しても再就職を含めて選択肢はあるので何も問題はないとも考えていました。最後は投資してくれるVCが現れたことが大きかったですね。あと、妻は僕よりも先に起業しており、僕が独立すべきか迷っていたときも『後悔しないように生きた方が良い』『起業はリスクじゃないし、その後に道が開けてくるものだよ』と後押ししてくれました」

――そして、起業を考えている人たちへのメッセージは?

「あまり重たく考えすぎずに始めたらいいと思います。もちろん出資や支援してくれた方たちには責任を持ってお返しをしていきたいとは思っていますが、必要以上に重く考えずに。今は起業したい人に対する自治体の支援もたくさんあります。それを活用して小さなプロダクトを作って、自分が社会課題と感じていることを解決することからでも始めてみたら、それが起業につながっていくと思います。ただ苦しい局面を乗り越えるために、なぜ起業するのかという動機は大事です。僕にとっての動機は、自分が巡り合った課題を解決したいということ。そして、自分でオーナーシップを持って人生を歩んでいきたいということでした。それができている今は、大変でも充実しています」

【プロフィール】
豊田洋平氏
hab株式会社代表取締役兼CEO
1987年7月9日生まれ、三重県出身。
2010年、明治大学文学部卒業。
印刷会社、自動運転システム会社、東急電鉄株式会社を経て2016年、hab株式会社 創業。

【取材】
インタビュアー/古沢保
執筆/古沢保
編集/馬場郁夫・桑原美紀(株式会社ウィルパートナーズ)