世の中のキャンプブームと共に人気が高まっているキャンピングカー。キャンピングカーのシェアリングサービスを提供するCarstay株式会社は、横浜市に本社を置くスタートアップだ。2018年に創業、今年8月には日本初となるEVキャンピングカーの先行予約販売を開始した。(2023年8月9日リリース)
26歳の若さで起業した代表取締役・宮下晃樹さんは、公認会計士の資格を持ち、前職では企業の評価やサポートなどを行っていた。そこから自分が会社を作る立場になったとき、「外から企業の評価や、サポートをすることはできても、自分で起業することは、ものすごく難しい」と感じたという。異色の経歴を持つ若き経営者は、どうやってこのユニークな事業を成功させるに至ったのか…?
人生1度しかないのであれば、熱狂する人生を味わいたい
--高校時代を体育会系で過ごした宮下さんは、大学は学業に打ち込み、社会に出て武器になる資格を取ろうと猛勉強。大学3年生のときに会計士試験の難関を突破し、この資格を生かすべく、有限責任監査法人トーマツに就職。上場企業の監査やベンチャーキャピタル(VC)の保有する未上場株式の評価、スタートアップの会計コンサル業務などに携わった。それがなぜ、自身で起業することになったのか?
「職務の中で初めて起業家の人たちと出会い、本気で夢を語り、仲間と熱狂し、泥臭くリスクを取る生き様に魅了されました。人生1度しかないのであれば、自分も会社を経営する側の人間になりたい、リスクを取りながら、学生時代の青春を超えるような熱狂を、仕事を通じて味わいたいと思いました。退職したのは入社から2年4か月後の2016年6月。両親はさすがに『せっかく頑張って会計士取ったのに、もう辞めるの?』と心配していました。そりゃそうですよね(笑)。でも『好きにすれば』と自由にさせてくれました」
--起業を決意したものの、何をするか具体的には考えていなかった。会社員時代の2014年10月頃から趣味で行っていた外国人旅行者向けのガイドを2016年8月にNPO法人化した。最終的には100名ほどのガイドを抱える大組織になった。
「大学時代にアメリカを旅行したときに、ローカルならではの貴重な体験をすることができたので、その恩返しにと考えて、週末は外国人旅行者とあちこちに出掛けて案内していました。世界と地域(ローカル)を結びつけたい、という気持ちでした。ただ、活動を続けていくうちに、インターネットなどでもっと有機的に結びつけるサービスがあった方がいいのでは、と考えがシフトしていきました」
--それが現在のキャンピングカー事業につながっていく。
「キャンピングカーなら宿がない地域にも行って泊まれる。調べるとレンタルサービスはほとんどなくて、テクノロジーの入り得る部分も大きいと感じました。その頃は周囲にキャンピングカーに乗ったことがある人はほとんどいない状況でしたが、起業するなら他の人が絶対にやらないようなことで、人々の暮らしが良くなるインパクトの大きな仕事をやりたいと考えていた私にピッタリはまりました。実は私自身はアウトドアにも車にもまったく詳しくなかったのですが(笑)、後からキャンピングカーを購入して、その楽しさを味わっています。
退職してからの2年間は、フリーで会計の仕事をしながらNPOを運営していましたが、キャンピングカーを思いついたのが2018年5月で、6月には登記して会社を設立しました。事後報告でNPOを辞めると言ったときはみんなに怒られましたが、現在Carstayに関わっている当時の仲間もいます」
エンジニアの採用と資金調達、そして思いの言語化
--会社を設立してから半年の間は、エンジニアの採用と資金調達に奔走したという。
「私の最大の弱みはエンジニアでもないしプロダクトを作ったこともないこと。そこでエンジニアの仲間を見つけるのが最初の課題で、SNSの力を借りました。一つ意識したのは、仲間を募るのはその人の覚悟を問うわけだから、私自身の覚悟も決まっていないとダメだなと。そこで会社を作って、プラットフォームビジネスをやる、社名はCarstayでいくとはっきり決めてからFacebookで声を掛けました。
26歳で起業している人は周りにあまりいなかったので話題になり、そこについたコメントからたどった結果、スタートアップに関心があるベトナムの学生エンジニアに出会い、2018年8月に共同創業者兼CTO(※1)という形で参画してもらいました。そこからは彼とプロダクトの内容を詰め、資金を算出し、10月から本格的な資金集めに動きました。会計監査をやっていたので、数字には強いと錯覚していましたが、事業予測などを作るのは大変でした」
--創業メンバーで用意した270万円も年末までにはほぼ食い潰し、資金調達が急務になった2019年の初め、会社の売上はゼロにも拘らず、金融機関から750万円の融資を受けることができた。
「中小機構(※2)のアクセラレータープログラムに運よく引っかかって、そのスポンサーだった金融機関から借りられました。エンジニアを早めに採用して、自分たちがやりたいことを実際に見せることができたのが良かったと思います。2019年1月に車中泊スペースのシェアサービス事業を発表しました」
--銀行から融資を受けて以降も、VCなどからの資金集めは順調に進んでいる。
「Facebookで『お金を集めている』と発信したらつながった人が多いです。スタートアップは紹介文化が盛んなので、Facebookに頼ることが多いですね。起業1年目は何がわからないのかもわからないので、会社は投資家に育ててもらった部分が大きいです。最初にどのような方をパートナーにして一緒にやるかは非常に重要だと思います」
--投資家に投資してもらえるポイントはどんなことだろうか?
「創業初期から会社のユニークさをしっかり示すのが大事だと思っています。キャンピングカーやバンライフで頑張っているスタートアップは他にはいないので、『まだ大きな市場ではないけど、これから我々が大きくするので、うちに投資すれば市場ごと買えます』といった話をするようにしています」
--創業当初、宮下さんがもう一つの課題と感じていたのは、プレゼンが苦手なことだった。経営者としては不可欠なスキルだ。
「まだ形にはなっていない会社の思いやビジョンを、いかに言語化して相手に伝えるか。そのための資料を1年間で100回以上は作り直しましたね。当時はちょうどアクセラレータープログラムやピッチが開催され出した頃だったので、見つけたピッチには全部応募しました。当時はその人が何でその事業をやる必要があるのか、理由を強く求められていた時代で、自己分析や自分との対話をかなりしました。『地域と世界の懸け橋になりたい』という思いを早めに言語化できたのが、強みになったと思います」
※1…最高技術責任者。企業のテクノロジーに関する活動を統括する役職。
※2…独立行政法人中小企業基盤整備機構。国と一緒に中小企業政策全般にわたる総合的な支援を実施する機関。
保険を作ってユーザーの不安を解消、広報で文化を広めた
--Carstayのサービスの特長は、車中泊ができるスペースやキャンピングカーの予約をアプリやWebで行えること。前例のある事業ではないため、立ち上げには苦労もあったという。
「スペースはプライベートキャンプ場など、たき火や車中泊ができる場所が現在330か所登録されています。営業の準備として、最初に保険会社に協力してもらい、車中泊保険を作りました。事前にスペースのオーナーにヒアリングをしたところ、『貸して何かあったら不安』という声が多くあったためです。この車中泊保険がメディアに取り上げられて話題になりました。オーナーの不安を解消するだけでなく、『Carstayに登録したら、車中泊スペースを安心して貸し出せるらしい』と広まるきっかけになりました。
キャンピングカー登録台数は今450台ほど、レンタカーの事業者だけでなく個人オーナーの登録もあります。オーナーがキャンピングカーを使うのは年間30日程度、残りの330日は倉庫のように眠っていて、駐車場などの維持費もけっこうかかる。その費用を少しでも回収できるので喜ばれています。今は毎月数百件くらいのご予約をいただいています。カーシェアの前にスペースのシェアを先に始めた順番も良かったと思っています。車のオーナーにどのようにアプローチすればよいかはわからないけど、スペースのシェアを先に始めれば、車のオーナーが使ってくれるだろうという読みが当たりまして。スペースのシェアをご利用いただいた際に『これからカーシェアもやります』と持ちかけたら、最初の100台くらいは集まりました」
--販路を広げるために力を入れたのが広報だった。
「まだまだニッチな分野なので、自分たちのカルチャーを広めていく必要があります。キャンピングカーが大好きで、ハイエースを動くオフィスのようにして暮らしている創業4人目くらいのメンバーがいるのですが、広報担当として会社の価値をうまくメディアに伝えてくれました。その結果、テレビのドキュメンタリーや報道番組、新聞で取り上げられたり、ドラマとコラボしたりと効果が出ています。キャンピングカー自体が見映えのする商材だという強みもあると思います」
カーシェア事業の本格展開に向けて横浜に移転
--創業時は東京・新宿に本社を置いていたが、2020年のGW明けに東神奈川に移って、横浜の企業となった(現在は旭区中希望が丘)。
「コロナもありましたし、キャンピングカーのシェア事業を本格的に始めるに当たって、お客さんが東京で借りて山梨や神奈川に行くならば、都心である必要はなく、横浜で車を借りられた方がいいのではと考えました」
--YOXOアクセラレータープログラム2020(※3)に参加し、本社の移転当初からYOXO BOXを活用した。
「本社が移るちょっと前から横浜に来ていたので、YOXO BOXは作業できる場としてありがたかったです。YOXOアクセラレータープログラムについては、卒業後に横浜の事業者やメディアから『YOXOのスタートアップなんだよね』と言われたことがありまして。YOXOブランドは自分が思っているより認知されていると思い、ピッチ資料にYOXOロゴを掲載するなど、自分から卒業生だと宣伝しています。」
--2022年には二俣川にMobi Lab.を開設し、顧客から預かったワゴン車をガレージでキャンピングカーにリノベーションする事業を始めている。大人の秘密基地のような場所だ。
「ここの工場を探すときも、横浜市の担当者が一緒に探してくださり、温かい自治体だなと感じました。工場は奥まっているところが多いですが、ここは大通りに面していてPRもできる。地元の方も『キャンピングカーを見ていいですか?』と気軽に立ち寄ってくださっています」
※3…関内の横浜市スタートアップ成長支援拠点「YOXO BOX(よくぞボックス)」において、急成長を目指すスタートアップを、約半年間かけて支援するプログラム。経験豊富な専門家によるメンタリングや、パートナー企業や支援者との連携・協業機会の提供などを行う。
起業は自分の人生を濃縮させたもの
--こうして順調に事業も軌道に乗ってきたが、今振り返ってやっておけば良かったと思うのはどんなことだろうか?
「組織を作っていくに当たって、会社のミッションやビジョンをもう少し早めに決めておくべきでした。仲間が増えていくタイミングで共通認識を持てれば良かったと思います。起業家や経営者は、自分たちが思っている以上に何を考えているのか周囲に理解されていないので、必要以上に言語化して意思の疎通を図った方がいい。3年目くらいからは、Twitterやnoteに思いついたら書くようにし、1on1(※4)も始めました」
--今後の展望は?
「『可動産』がひとつのキーワードになると思っています。我々はキャンピングカーだけにこだわっている会社ではなく、その先にある未来の旅や暮らし方を考えています。時間と場所の制約がない新しい暮らしが広がっていくことにワクワクしますし、そういう会社になっていきたい。2023年夏にキャンピングカー業界で初めてEV車を発表したのもその一環です」
--最後に新たな起業家にメッセージをいただこう。
「起業は自分の人生を濃縮させたものだと感じています。プライベートの人間関係に助けられることもありますし、時には運を引き寄せなければならないこともあります。自分の人間的な弱さに苦悩することも多々ありますが、それらをすべて含めて味わえて、人生を豊かにしてくれるのが起業だと思っています。大変だけど、大変さをひっくるめてワクワクする、楽しめそうだと思う人が起業家としての適性がある人ではないでしょうか。自分の理想を突き詰めて実現していくことを一緒に頑張りましょう!」
※4…上司と部下が一対一で行う面談。
【プロフィール】
宮下晃樹氏
Carstay株式会社代表取締役
1992年生まれ、東京都出身。父の仕事の関係で7歳までロシアで過ごす。
2014年2月、有限責任監査法人トーマツ入社。3月、慶應義塾大学卒業。2016年8月、公認会計士登録。NPO法人SAMURAI MEETUPS創業。2018年6月、Carstay株式会社 創業、代表取締役CEO就任。
【取材】
2023年7月
インタビュアー・執筆/古沢保
編集/馬場郁夫・桑原美紀(株式会社ウィルパートナーズ)