子供たちから「わかった!」の笑顔を引き出したい 親子で繋ぐ「個の時代」の新しい漢字学習法 かんじクラウド株式会社 道村静江さん・道村友晴さん
道村友晴さん(左)、道村静江さん(右)

「書いて覚える漢字学習はもう古い!」
読み書きが苦手な子供も楽しく「ラクに」漢字を学習することができるという、目から鱗の学習法がここ横浜から誕生していたことはご存じだろうか。

小中学校で学ぶ常用漢字を徹底的に分析し、部品の組み合わせで漢字を覚える「ミチムラ式漢字学習法」。考案者の道村静江さんは、盲学校の理科の先生から始まった教員生活を経て、2018年1月5日、息子の友晴さんと共に「かんじクラウド株式会社」を設立した。子供たちの「できた!わかった!」の笑顔を引き出すべく邁進した40年間の想いが、友晴さんの力で時代に合わせて具現化され、海外も視野に入れて活動している。漢字の世界を通して子供たちの明るい未来を照らし続ける道村親子に話を聞いた。

漢字を知らない子供たちを肌で感じた盲学校教育

子供たちから「わかった!」の笑顔を引き出したい 親子で繋ぐ「個の時代」の新しい漢字学習法 かんじクラウド株式会社 道村静江さん・道村友晴さん
日本で初めての視覚障害者用漢字教育教材「視覚障害者の漢字学習」

ドラマ「金八先生」に憧れて、理科の先生として教育者の道を選んだ静江さん。子供に寄り添ってやる気を引き出す「金八先生」に憧れていたという。初めての教育の舞台は盲学校だった。当時は、点字や弱視拡大本などの教科書で授業を進めていたが、世間でパソコンが全国的に普及し、Microsoft Windows 98が発売された頃、旧文部省の情報教育強化の方針から、パソコンが視覚障害者の世界に導入された。点字だけではなくパソコンを通じ情報をやり取りできるようになっていく、新しい時代の幕開けであった。

静江「点字だけではなくパソコンを使った入力ができるようになり、視覚障害者も文章のやり取りができるようになりました。しかし、視覚障害者は漢字の知識がありません。特に点字を使用する子供たちには漢字の教材は必要ないと言われていて、存在しませんでした。パソコンを使い出しても、まったく漢字選択ができない。漢字変換ができない。教科書もありませんでした。何とか教材を作ってあげたくて、団体を作って助成金を申請し、この教材を手がけました。教師と教材制作を並行して寝る間を惜しんでやっていました」

友晴「その教材がこちら(写真1枚目)です。これはこれで当時非常に画期的でした。点字は通常は真っ白なものなのですが、それだと点字を知っている人にしかわからないので、色のついた点字、そして、読み方を二色刷りで印刷してあります。頭の中で漢字の一部を部品としてとらえてイメージし、構成がわかるように解説されています。メールを打てるようになったとしても、同音異語は沢山ありますし、話し言葉と書き言葉は違います。盲学校の人たちが漢字を書ける必要はないかもしれませんが、知識として知る必要はある。そう体感した母が粛々と作成していたのを、この頃は家族として見守っていました」

静江「書けなくてもいいんです。漢字っていうのは、こういう組み合わせなんだよ、ということを目が見えない子供たちへ伝えたい一心でひたすら作り続けていました。完成まで12年かかりましたが、最初に配属されたのが盲学校だったからこそ必要性を感じて取り組めたのだと思います」
ミチムラ式漢字学習法の特徴は、漢字を部品の組み合わせでとらえる点にあるが、その原型は盲学校での教材作りで既に育まれていた。

静江「その後、一般小学校に転勤しましたが、漢字嫌いな子供がたくさんいました。『あなたたちは見えているのにどうして?』というのが正直な想いでしたね。目の見えない先天盲の子供たちに漢字を教えたときは、『楽しい!これはなんていう漢字?どんなお話が作れるかな?』とキラキラした目をしていましたから。それを体験していたので、一般小学校の現実を知って、とても驚きました。それから、教材もないままに子供たちにミチムラ式漢字学習の感覚を教えたら、あっという間に漢字が大好きになりました。視覚障害者だけではなくて、この方法なら誰もが語句も語彙も広げられる。子供たちの将来のために絶対いいに違いないと確信したので、早めに退職して今度は小学生向けに漢字カードを作り始めました」

親子で力を合わせての起業。株式会社を設立

子供たちから「わかった!」の笑顔を引き出したい 親子で繋ぐ「個の時代」の新しい漢字学習法 かんじクラウド株式会社 道村静江さん・道村友晴さん

漢字カードは、漢字を部品に分解し、リズムよく唱えて覚えられるように工夫されている。静江さんは退職後、自分でホームページを立ち上げ、小学生向けの漢字カードの販売を開始。印刷から梱包、発送作業まで、すべて自らの手で行っていた。注文数増加に伴い、ひとりでの作業が厳しくなってきた頃、息子の友晴さんが救いの手を差し伸べる。

静江「最初はひたすら楽しくて作っていたのですが、事務作業が多くなるにつれて、大変さを感じるようになってきました。そんな中、息子がこれをなくすのはもったいないと言ってくれました」

友晴「視覚障害者・盲学校の分野は市場が狭いので、ビジネスにはならないだろうと思いながら見守っていました。ただ、この漢字カードはかなり独自性があるとも感じていました。実際、これを使っている学校の漢字の習得率は95%もいきます。小学5、6年生の平均は50~60%台で、半分くらいの漢字はうろ覚え状態。その状態でみんな中学生になっていきます。中学校で漢字につまずく子は勉強が嫌いになってしまうパターンが多く、そうなると未来の可能性が狭まってしまう。もう書く必要がない時代がくるかもしれませんが、もし日本の子供たちの漢字習得率が全員95%になって基礎学力が上がったら、どんなことが起きるだろうと思いました。

当時は長野に住んでいましたが、起業のタイミングで横浜に帰ってきました。母親を担いで起業するという珍しいタイプの起業ではあると思います。これだけのものを作ってきたという母に対するリスペクトはもちろんありますし、一方で忌憚なく意見を言い合えるのも親子だからこそかもしれません」

静江「私の時代で終わるはずだったのに、受け継いでくれました。それが息子だったってこともすごくありがたいことですね。息子は教職の経験がないから、最初は『大丈夫かな?わかるかな?』と少し不安はありましたが、今では私が伝えたいことをすっかり理解してくれていて、ウェブサイトの記事もすべて息子が書いています」

友晴「今は『漢字eブック』の電子書籍を作っています。起業した時点でここまでは思い描いていました。漢字カードだけでなく、書籍まで必要だろうと。最初は紙の本で表現しようと思っていましたが、やろうと思った矢先にコロナ禍になってしまったので、電子書籍に切り替えました。2020年に40年ぶりに学年別配当漢字が変わったのですが、そうなると教科書や漢字辞典なども全部作り直す必要があります。それは事前にわかっていたので、2018年からの2年間は準備期間と考えていました」

静江「電子書籍を通じて、イメージ写真が入ると、あっという間に覚えられると効果を感じました。漢字カードは漢字一字を覚えるために作られていますが、この電子書籍は漢字一字から、意味を知り、語彙を増やし、そして間違えやすい漢字の比較までできる。これは絶対に漢字学習の役に立つと思っています」

世代の違う二人が語る、横浜だから見えた創業

子供たちから「わかった!」の笑顔を引き出したい 親子で繋ぐ「個の時代」の新しい漢字学習法 かんじクラウド株式会社 道村静江さん・道村友晴さん

かんじクラウド株式会社を設立後、友晴さんは横浜市特定創業支援等事業(※1)の創業セミナーに参加した。設備や初期投資が必要な事業ではなかったため、事業活動に必要な資金は最低限で十分だったが、念のため創業融資について調べていたところ、セミナーの存在を知ったという。

友晴「事業内容を考え、借金や融資は極力しない方がいいと思っていたので、自己資金でまかなえる範囲から事業を始めました。過去に出向先で会社を立ち上げた経験があるので、ある程度の経営知識は持っていましたが、セミナーを受講して、横浜市がサポートしてくれているという実感を得られました。起業したいと思っている方には、まず参加されることをお勧めします。自分は起業してからの受講でしたが、法人登記費用の補助など費用面のメリットも非常に大きいですし、最初から知っておけば良かったと思いました」

静江「私は福井県の山奥で育ちましたが、もし私があのまま福井県で教員をしていたら、どんな人生だっただろうと思います。結婚を機に横浜へ出てきた当時から、地方と首都圏では産学共同の取り組み環境が随分違うと感じていましたし、やはり、「横浜の~」となると、注目されやすく企業からも声がかかりやすい。ネットワーク作りにも何かとフットワークがいい。これが地方にいたら、粛々と教員をやっていただろうと思います。私自身も横浜に来たからこそできることがある、という気持ちを持っていましたし、実際、横浜に来て芽が出たと感じています。今の時代はネットで繋がっているから、地方でもインターネットを使って同じようなことができるかもしれないですが、以前は考えられなかったですね」

※1…横浜市では、産業競争力強化法に基づき国から創業支援事業計画の認定を受け、地域の創業を促進させる施策として、横浜市内における創業支援の取り組みを推進している。創業支援等事業計画に掲げる事業の中で、特に「経営、財務、人材育成、販路開拓の知識を全て学べる継続的な支援」を行う事業を「横浜市特定創業支援等事業」と位置づけている。

口コミで広がるミチムラ式漢字学習法を必要な人に届けたい

子供たちから「わかった!」の笑顔を引き出したい 親子で繋ぐ「個の時代」の新しい漢字学習法 かんじクラウド株式会社 道村静江さん・道村友晴さん

静江さんの熱い想いが形になり、元々は出版社で編集の仕事をしていた友晴さんのセンスを光らせた、かんじクラウド株式会社の「漢字eブック」は2021年にグッドデザイン賞を受賞。ミチムラ式漢字学習法を広げるには、教える側の考えの転換も必要という。

友晴「ご依頼があれば学校の先生向けに研修会はしていますが、商品説明から購入まで、すべてインターネットで完結するようになっていて、こちらから積極的にプロモーションをかけたりはしていません。ミチムラ式漢字学習法は、学校の先生や臨床心理士の方がお勧めしてくれて少しずつ一般の方へも広まっていきましたが、たとえば書店に並べれば売れるというものでもない。他の覚え方とどう差別化するか、小中学生の子供を持つ親が漢字学習の情報をネットで調べたときに、ウェブサイトでそれをよりわかりやすく、より詳しく伝えることが重要と考えています」

静江「退職してからは年60回以上、日本国内を回って授業や研修会を行っていました。一番初めのオファーはやはり盲学校からでしたね。先生の口コミから、様々な学校へ広まっていって学会で発表もしました。ご家庭で何とかしたいと考えているお母さんはすぐに興味を持ってくれますけど、学校に任せておけば大丈夫と考えているお母さんにはまだまだ届いていないと感じています」

友晴「母の頭の中を抽出して、シンプルにまとめて表現するのが僕の役目かなと思っています。母は特別な経験をしているので、現場に行くとやはり、他の先生と目線が違う。母の教師としてのノウハウをどう具現化・体系化させるかに興味があり、会社を大きくしたいというよりも、より良いものを作りたいという意識が強いです」

静江「とめ・はね・はらいを重視する従来の教育に親しんできた方に、ミチムラ式を受け入れてもらうのはなかなか難しい。でも、これだけIT化が進み、学校にもタブレット学習が導入されて、今はまさに過渡期ですよね。親も先生も漢字は書いて覚えるものという意識が沁みついているから、そこの発想を転換するきっかけになるといいなと思います」

個の時代にフィットした、選ばれる学習法へ

子供たちから「わかった!」の笑顔を引き出したい 親子で繋ぐ「個の時代」の新しい漢字学習法 かんじクラウド株式会社 道村静江さん・道村友晴さん

かんじクラウド株式会社は親子で創業し早5年目。学校教育に対する意識が大きく変わりつつある昨今に、二人が描くこれからの展望を聞いた。

静江「2018年に起業したあたりから海外在住の日本人家族と繋がるようになり、現地の子供にオンラインで漢字を教えています。お母さんたちに話を伺うと、家庭内の継承語(※2)として日本語を伝えたいと思っているけれど、皆さん私の教員時代と同じような壁にぶつかっているようです。日本語を目にする機会が少ない海外の子供たちに、どうやって伝えたら漢字を楽しく理解してもらえるか、今はこれを一生懸命やっていて、手ごたえを感じています。もう一つ、技能実習生として日本へ留学してくる外国人への日本語指導にも利用できると思っています。彼らにとっては言葉を知って使えることが何よりも大切です。漢字eブックの電子書籍には音声機能もあり、この機能が日本語を学ぶ外国人に好評です」

※2…海外在住者が家庭内で使用する言語。主に親の母語。

友晴「海外で漢字を勉強している人たちはミチムラ式と似たようなとらえ方をします。一画ずつじゃなくて部品として組み合わせていく考え方です。日本もこれから外国人をどんどん受け入れる方向になると、漢字を書けないまでも読めるようにするために、ミチムラ式の考え方は役立つことがあると思います」

静江「コロナ禍以降、文部科学省の声かけもあって、国内でも何とかしなきゃいけないという雰囲気がやっと出てきました。まずは現場の先生から、ほんの少し頭を切り替えれば、目の前の子供たちの表情が変わることを実感してもらいたいです」

友晴「これから勉強の仕方は大きく変わっていくと思います。個の時代になり、それぞれに合った学習法を選択できる時代が間もなくやってくるはずですし、そのための選択肢の一つであり続けたいですね」

子供たちから「わかった!」の笑顔を引き出したい 親子で繋ぐ「個の時代」の新しい漢字学習法 かんじクラウド株式会社 道村静江さん・道村友晴さん

最後に、親子二世代にわたる起業で、子供たちの未来、そして日本の未来を見つめる道村親子から、起業を考えている人たちへのメッセージを聞いた。

静江「『こういう世の中になってほしい』という想いがあったら、小さなとっかかりはいろんな所にあるような気がします。私自身はそれで駆け抜けてきた40年間でした」

友晴「今はパソコンが一台あれば大抵のことはできる時代です。こういう風にしたいという熱い想いがあれば、いかようにもなる環境があると思います。だから、若い人たちもどんどん行動してほしいです。これからは個に合った時代がやってくるでしょうし、そこで求められるサービスも人それぞれ。起業する人が増えていくことが、そのような時代に個人の選択肢を増やすことにも繋がると思っています」

【プロフィール】
道村静江氏
かんじクラウド株式会社 取締役会長
福井県出身。中学校理科教諭として、福井県立盲学校・横浜市立盲学校に通算18年、市立中学校に3年勤務。小学校教諭として、横浜市立盲学校に10年、市立小学校に4年勤務。2002年に「点字学習を支援する会」を設立し、視覚障害者用教材を提供。退職後、「ミチムラ式漢字学習法」を活用した漢字指導の改善・普及に力を入れ、全国各地で講演活動を行っている

道村友晴氏
かんじクラウド株式会社 代表取締役
横浜市出身。出版社勤務を経て、2018年にかんじクラウド株式会社を設立。母でもある道村静江氏考案の「ミチムラ式漢字学習法」の教材の製作、デザイン、DTPおよび経営管理を行っている。

【取材】
2021年2月
インタビュアー・執筆/桑原美紀(株式会社ウィルパートナーズ)
編集/馬場郁夫(株式会社ウィルパートナーズ)