縁のなかった調理機器の分野でのシニア起業 革新的なフライヤーで飲食業界とSDGsへの貢献を目指す クールフライヤー株式会社 山田光二さん

会社を設立したのは60代になってから。
元はレコードや音楽・映像の再生機器メーカーにいたが、今の自身の事業は「クールフライヤー」という“揚げ物”を調理する機器の開発と販売だ。一般にシニア起業と呼ばれる年代での起業となった山田さんだが、今まさに、その夢が大きく動き出そうとしている。第二の人生としてまったく畑違いの分野で起業した山田光二さんに話を聞いた。

偶然の出会いからフライヤーの研究開発を始める

縁のなかった調理機器の分野でのシニア起業 革新的なフライヤーで飲食業界とSDGsへの貢献を目指す クールフライヤー株式会社 山田光二さん

--山田さんの起業前の勤務先は日本ビクター。約30年に渡って営業や事業開発などに携わってきた。驚いたことに文学部のご出身だという。

「本来は理系気質なのですが、勉強が嫌いで、受験で数学が必要ない文学部に進みました。入学後も大学紛争の時代で学業には熱が入らず。大学4年で結婚しましたが、就活もまったくしていなくて、学部の先輩がいるからと話を聞きに行った企業に、そのまま入社しました。

でも就職すると、営業成績という目標ができたので人が変わったように頑張るようになりました。90年代の初めにパシフィコ横浜で開催した創業65周年技術展の企画・事務局を務めましたが、このときにパッケージメディアをコア事業とする会社の将来に危機感を持ちました。この先10年もすればネットワーク(のちのインターネット)が普及して速度も上がり、音楽や、やがては映像も配信で視聴できるようになるに違いなく、一方社内にはそうしたことに対する危機感はありませんでした。それからはネットで商品を購入してコンビニでも受け取れるような、時代に先駆けた事業を提案して社内起業を経験するなどした後、54歳で早期退職しました」

--そこからまったくジャンルの異なるクールフライヤーへと、どうつながっていくのだろうか?

「それまでの経験から、何か自分で事業をしたいとは思っていましたが、具体的な事業計画もなく退職を決めたので、妻にはだいぶ叱られました(笑)。そんなとき、渋谷で大学時代の友人と偶然再会し、仕事を手伝ってくれないかと言われました。それがフライヤーの開発の仕事だったのです。それまで調理機器の開発に携わったことはありませんでした。2~3年手伝い共同発明者となって特許も出願しましたが、いろいろあって私は途中で会社を去ることになりました。その後会社は製品を発売しましたが複雑な構造のため故障が多く、肝心の事業もうまくいかずに頓挫しました。

ただ、そのフライヤーを納入していた地方の食品スーパーから『総菜売り場の揚げ物の売上が伸びた上に、油の消費が減って厨房もきれいになった』という声があったことを耳にしました。もっとシンプルな構造で故障の少ない高性能のフライヤーができるかもしれないと考え、独自の研究を開始することにしたのが2009年。賛同してくれる友人たちにも資金を募り、自宅の一室をラボにして研究開発を始めました」

研究と開発に10年以上を費やした「クールフライヤー」

縁のなかった調理機器の分野でのシニア起業 革新的なフライヤーで飲食業界とSDGsへの貢献を目指す クールフライヤー株式会社 山田光二さん
クールフライヤーの構造

--クールフライヤーの特長は、油槽の周りを水槽で包み、水分を気化させずに油槽の底に落とすことで、揚げカスが炭化せずに油が劣化しにくいこと。さらに、おいしい揚げ物ができるだけでなく、油はねが大幅に減少し、油が劣化しにくく長持ちするため、油の消費量の大幅な削減にもつながることだ。

「友人の紹介で板金工場のオーナーが実験機を無料で作ってくれることになりました。そのときにお願いしたのは、フライヤーの側面にのぞき窓を作ってもらうこと。油槽の中でどんなことが起きているのか見てみたかったのです。すると食材から出た水分が油槽の底に落下する様子や、上層の熱い油と下層の冷たい油との境界面ができることなどがはっきりと見えました。これを人工的に促進できれば製品化できると確信し、油槽の周りを水槽で覆い冷却構造を作るアイデアにつながっていったので、実験機ののぞき窓が一つの大きなターニングポイントでしたね。

12年に特許を出願、14年に会社を設立しましたが、その後も試作を繰り返しました。19年にものづくり補助金に採択され、ようやく今のフライヤーの原型となる試作品が完成しました。この段階で、いよいよ製品化という話も出たのですが、油はねをもっと減らすことできると考え、もう1年研究を続けました。この過程でも特許を取得しましたが、油はねを抑えることに成功したらさらなる油の劣化抑制も実現できました。問題の原因はすべてつながっていたとわかったのです。慌てて製品化せずに粘った成果で、この特許が二つ目のターニングポイントになりました」

--クールフライヤーの構造は、研究開発の過程で取得した3つの特許がベースになっている。

「もともと販売をメインにするよりも知財事業(※1)にしたいという思いから、研究当初から特許を積極的に取得してきました。日本ビクター時代に会社で特許出願したことがあり、日本では成立しなかったものの、特許請求の範囲を変更してアメリカで成立したといった経験をしていたので、早めに動いて確実に取得していました。また、事業に参画している弟が、以前は研究職で知財に明るいこともあり、クールフライヤーの技術的な根拠になる論文を見つけるなどのサポートをしてくれました」

※1…ここでは、知的財産権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権など)の使用を第三者に許可して利益を得るビジネスモデルの意。

知財事業を目指していても資金は必要と実感

縁のなかった調理機器の分野でのシニア起業 革新的なフライヤーで飲食業界とSDGsへの貢献を目指す クールフライヤー株式会社 山田光二さん

--製品化は2021年。研究開発スタートから実に12年の時が経っていたが、その分自信を持って製品を送り出すことができた。自社サイト等を通じて販売している。

「最初のロットを製造した後、世界的に半導体不足となり、製造を再開できたのは2022年秋でした。現在は、お陰様で個人経営の飲食店を中心に、東京や大阪などからも注文をいただいています。中でも羽田市場食堂様からは、『多くのメーカーのフライヤーをテストした結果、弊社の製品が圧倒的に良かった』とおっしゃっていただけました。もっと大きなサイズのフライヤーを希望されていましたが、すぐには製品化を実現できないため、現状で生産できるサイズのフライヤーを4台購入して活用していただいています」

--もちろん順調なだけではない。スタートアップゆえの知名度の低さは大きな壁の一つだ。

「なかなか製品を知ってもらえないのが悩みですが、横浜ベンチャーピッチ(※2)や横浜ビジネスグランプリ~YOXOアワード~(※3)など、横浜市主催のイベントに参加した際に、それを見た方から、『製造を手伝いたい』という協業の打診や、資金集めにつながるようなお話をいただき、付き合いが広がるのはありがたいことです。YOXO BOX(※4)にもクールフライヤーを展示してもらっており、少しでも人目に触れる機会があれば今後も活用していきたいです。

羽田市場食堂様とも、横浜市の支援プログラムの運営事業者に紹介していただき取引につながりましたし、横浜市の担当者からの紹介でテレビ神奈川に出演して受注につながったこともあります。クールフライヤーを導入していただくのは新規出店のタイミングが多いので、今後は飲食店の開業予定者たちが集まって情報を得るサイトなどにも働きかけていきたいと思っています」

--資金面では盛んに増資を続けている。一方で、金融機関からの借り入れはない。

「金融機関からの融資については、弊社の場合、売上が見えていなかったのがネックで難しいようでした。一度、日本政策金融公庫(※5)と金融機関で融資の話がまとまりかけましたが、そのときは増資で賄えそうだったので断ってしまいました。今にして思えば、借り入れの実績を作っておけば良かったと思いますね。

当初は知財事業と考えていたので、実はそれほど資金は必要ないかと思っていました。ですが、知財事業を目指しても、やはりある程度製品として実体化して、顧客が導入したいと言ってくれるところまでは自分たちでやらなければならない、それには相当に大きな資金が必要だ、ということがわかりました。ましてや、現在は製造販売を目指していますのでなおさらです」

--2022年夏には、株式投資型クラウドファンディングで約2,300万円の調達に成功している。

「クラウドファンディングはインターネットで調べて利用しました。手数料は大きいですが、やって良かったと思うのは、149名もの方が投資してくださり、その後に一般増資の予定を連絡すると、『興味がある』『投資したい』と連絡くださる方が多くいらしたからです。また、クラウドファンディングを見た方から連絡があり、ラジオの全国放送での紹介にもつながりました。このときは、自社サイトへ通常の数十倍のアクセスがありました」

※2…横浜市経済局の事業の一環として、横浜市スタートアップ成長支援事業共同企業体が実施するピッチイベント。資金調達や事業連携等のビジネスパートナー発掘に向けて、スタートアップが、ベンチャーキャピタルや金融機関、大企業等に対して自社の事業計画やビジネスモデルをプレゼンする。

※3…横浜での起業や新規事業展開に挑戦するビジネスプランを全国から募集し審査するコンテストで、2003年から実施している。公益財団法人横浜企業経営支援財団主催、横浜市経済局共催。

※4…横浜市スタートアップ成長支援拠点として、横浜市関内に2019年に開設。支援プログラムや、スタートアップ支援の専門家による個別相談、ビジネスイベントなどの実施によりスタートアップの成長を支援している。

※5…政府全額出資の金融機関。国の政策のもと、創業支援や中小企業の事業支援などを重点的に行っている。創業時から利用でき、低金利で融資を受けられる。

夢を持ち、その実現に近づくために考え、進む

縁のなかった調理機器の分野でのシニア起業 革新的なフライヤーで飲食業界とSDGsへの貢献を目指す クールフライヤー株式会社 山田光二さん

--前述の半導体不足に加えて、コロナ禍で飲食店の新規出店も鈍っているが、今はどのような状況なのだろうか。

「業務用製品では大手企業とも話が進んでいて、その施設内で導入が始まっています。大手の企業ほど油の節約効果は大きく、SDGsへの取り組みに積極的なので、その観点から着目してくれているようです。開発に着手している自立型の本格サイズを含めて、今後販売が本格化できると思っています。また、家庭用のクールフライヤーを製造販売したいとの話をいただいており、海外展開も含めて家庭用クールフライヤー事業が動き出そうとしています。こちらは知財事業として開発と製造販売は他社に任せようと考えていますが、2023年中にはかなり進むと思います。

小さな家庭用、飲食店などの業務用、そして巨大な食品工業用までクールフライヤー技術は展開できます。以前から3つの事業領域による相乗効果を言ってきましたが、そうしたことが実現へ向かっています。また、廃油からSAF(Sustainable aviation fuel)と言われる航空燃料を作る技術が確立されつつあり、揚げカスから肥料や飼料を作る事業も始まっています。クールフライヤーから発生する質の高い廃油や炭化していない揚げカスが、これらの事業に最適だということがわかり、こうした展開にも期待しています」

--長い研究・開発期間を経て、まさに今、事業が動き出した印象だが、そんな山田さんから、これから起業を目指す人たちにメッセージをいただこう。

「私はほぼ60歳から事業を始めました。もう少し早く始めておけば良かったかなという思いもありますが、歳を重ねたからこそ、企業で様々な経験を積み、様々な人と出会えたから、今があると感じています。今、一緒に仕事をしているのも、私と弟が企業に勤めていた頃の仲間が中心です。同じ夢に向かって進めています。

私の今の夢は、飲食業界で働く多忙な方々に、クールフライヤーを使って少しでも負担を減らしてもらうこと、今までできなかった調理ができるようになることで食文化の発展に貢献すること、クールフライヤーを世界に普及させて油の消費量を減らしSDGsに貢献することです。フライヤーとの出会いは偶然でしたが、それが今では私の夢になり、夢に向かって頑張ることができています。これから起業を目指す方にも、ぜひ夢を持って、その実現に少しでも近づくことを考えて進んでいってほしいです。

私の企業は経営陣が高齢なので、いかにして若い人に参加してもらうかも考える局面に来ています。弊社のような企業で経験をすることも、起業を目指す一つの方法だと思います。意欲のある人材を求めていますので、興味のある方はぜひジョインしてください」

【プロフィール】
山田光二氏
クールフライヤー株式会社 代表取締役

1950年、静岡県沼津市出身。早稲田大学第一文学部卒業。
日本ビクター株式会社で営業、技術企画室、商品開発研究所、ネットショッピング事業、情報システム部門などを経験。2009年フライヤーの研究開発を開始、2014年クールフライヤー株式会社を設立。

【取材】
2023年1月
インタビュアー・執筆/古沢保
編集/馬場郁夫(株式会社ウィルパートナーズ)