横浜で「食のものづくり」が体験できる、自然派ワインの都市型醸造所 横濱ワイナリー株式会社 町田佳子さん

元町・中華街駅から徒歩3分、山下埠頭にほど近い場所でワインの醸造・販売を行う都市型のワイナリーを運営している、横濱ワイナリー株式会社 代表取締役の町田佳子さん。

町田さんが運営している「横濱ワイナリー」は、国内で育てられたぶどうを原料とし、自然酵母発酵で醸造した環境にやさしいワイン造りの一工程に、お客様自身が関わることができる、体験型のワイナリー。

なぜ横浜という都市でワイナリーを始めようと思ったのか、そして未経験から、どのようにしてワイナリーオープンまで辿り着いたのか、話を聞いた。

広報として環境保全を発信し続けていくうちに、ものづくりの経験なくしては本当の意味で環境は語れないと痛感した

横浜で「食のものづくり」が体験できる、自然派ワインの都市型醸造所 横濱ワイナリー株式会社 町田佳子さん

--大学卒業後、金融業界で10年ほど働いていた町田さん。バブルがはじけて不況にあえぐ日本で、今後について考えていたときに、長年、仕事でサポートをしていた国際NGO世界自然保護基金(WWF)がボランティアスタッフを募集していることを知った。WWFを手伝うようになり、足掛け20年、環境保護活動に関わっていたという。そこからなぜ起業しようと思ったのか。

「WWFでは、主に広報の仕事を担当していました。メディアを通じて環境保護活動について紹介するほか、普段のライフスタイルが実は環境破壊につながっているという事実を、どうやって人々に浸透させていくかが、私たちの仕事でした。

仕事柄、人と話す機会が多かったのですが、皆さんに環境保全のお話を伝えることが、だんだん辛くなってきました。ものを作ったり、実際に商品を売ったりした経験がない中で話をすることが苦痛になってきました。自分自身が作る側にまわり、製造やものづくりに関わってみないと、これ以上納得がいく活動ができないと思ったことが、起業のきっかけです」

--なぜ、横浜で未経験のワイナリーの世界に飛び込んだのだろうか。

「お酒は、コミュニケーションツールとして役に立ちますし、私自身がお酒好きというのが理由です。最初は吟醸酒を扱っていました。日本酒の人気が落ちてきた頃で、あえて目を付けたのですが、タレントの方たちが日本酒に注目するようになってきて、ここには私のやるべきことはないなと、日本酒からワインへと舵を切りました。

横浜に住んでいたこともあり、文化的にワインが港から入って日本中に広まっていったこと、またワインの輸入業者も多かったので、横浜にはワインのイメージが合うと思いました。ワインについて調べていくうちに、神奈川県内には大手のワインメーカーの製造工場があるものの、ワインの原料であるぶどう農園はないと知りました。それならば、ぶどうとワインをつなげる『食のものづくり』を体験する場所を横浜に作ったら面白いなと考え、ワイナリーを始めることにしました」

すべてが未経験でも、ビジョンがあれば走り続けられる

横浜で「食のものづくり」が体験できる、自然派ワインの都市型醸造所 横濱ワイナリー株式会社 町田佳子さん

--2016年、スタイル・ジャパン・アソシエイツ合同会社を設立。当初は設立のしやすさから合同会社を選択したが、今後のビジネス拡大を見据えると株式会社の方が適していると判断し、2019年に横濱ワイナリー株式会社へと組織変更した。

「ワイン造りについては、まったくのゼロからのスタートでした。ワイナリーを立ち上げる方の多くは、ぶどうの栽培やワイナリーで修行をしたり、飲食店でワインのソムリエとして働いていた経験を持っていたりするので、未経験からワイナリーを始める人はほとんどいないと思います。私の場合は、書籍やウェブサイトで情報を収集して知識を得たり、リサーチをしたり、ワイナリーを手伝いに行ったりして、独学でワイン造りを覚えました」

--日本でお酒の製造を行うためには、酒類製造業の免許が必要となり、いくつかの要件を満たさなければならない。資金・販売先・原料・製造責任者と、町田さんにとって越えなければならないハードルが多々あったという。どのようにしてこの要件をクリアしていったのか。

「まずは資金。銀行から融資を取り付けるためには事業計画書が必要です。セミナーに参加し、中小企業診断士の方にも手伝ってもらって事業計画書を作ることで、融資を受けることができました。次に販売先の証明書の提出。何の経験もないのに、販売先などない。それでも何かしないと免許がもらえない。そこで、証明書の代わりに、ワイナリーを応援してくれていた周りの皆さんに、『ワイナリーができた暁には、何本買います』と書いてもらい、その書面を300人分近く集め、税務署に提出しました。

さらに、年間にボトル1万本分のお酒を造れるだけの原料の調達が必要でした。これもWWFで働いていたときの農家の人たちとのつながりから、ぶどう農家さんを紹介してもらい、ぶどうを提供していただくことができました。

そして、最難関だったのは、5年以上の経験を持つ製造責任者を立てること。こちらは奇跡のようなご縁なのですが、見学に訪れた金沢の能登半島のワイナリーで、案内をしてくれた代表の方が、偶然にも横浜の金沢区出身でした。そこで、思い切ってお願いしたところ、その方が製造責任者を引き受けてくれました。これですべての要件をクリアすることができました」

――数々のハードルを乗り越える後押しとなったのは、前職での経験だった。

「免許を申請するまでの準備に約1年、そこからワイナリーオープンまでが1年ほどで、起業を考えてからオープンまで2年くらいです。よく走ったなと自分でも思います。

起業は、諦めたら終わってしまうし、ビジョンがないと、途中で気持ちが萎えてしまいます。WWF時代に『これをやらないと地球が危機的な状態になる』という強い思いを持って動いていた人たちと20年間活動してきました。それに比べたら、横浜にワイナリーを作るという私個人の夢なんて大したものではないと思えて、開業まで走り続けることができました」

補助金や行政の支援を積極的に活用

横浜で「食のものづくり」が体験できる、自然派ワインの都市型醸造所 横濱ワイナリー株式会社 町田佳子さん

――わずか2年の準備期間で事業をゼロからスタートさせた町田さんだが、その間、活用した補助金などにはどのようなものがあったのだろうか。

「補助金として一番大きかったのは、「ものづくり補助金」(※1)です。1,000万円規模を2回受けています。申請書はKIP(※2)やIDEC横浜(※3)に相談をしながら自分で書きました。2018年には、横浜市の地産地消ビジネス創出事業(※4)も利用しました。補助金としての金額は大きくはありませんでしたが、一緒に講義を受けていた参加者は農業生産者が多く、一緒にマルシェに出展したり、商品開発をしたりとネットワークができました。

事業を進めていくうちに、ワイナリーでは、商談やオンライン販売のための梱包・発送作業をする場所がなく、他にもスペースが欲しいと思い始めました。事業所拡張にも利用できる助成金があると聞き、2023年度に横浜市のスタートアップ立地助促進助成(※5)を利用しました。ちょうどワイナリーの道を挟んで斜め向かいの建物が空いたので、そこを借りることができました。現在、店舗兼ワイナリーが約50平米、新たに借りた建物は約40平米です」

――補助金以外にも、行政が主催するセミナーや起業支援などに参加していたという町田さん。そこで得たものとは。

「横浜女性起業家COLLECTION 2018(※6)に参加し、百貨店でも何度か出展しました。百貨店に出展したことは、商談経験として役に立ちました。さらに、『よこはま・ゆめ・ファーマー』(※7)のイベントに参加しました。横浜市で農産加工品を取り扱っている多くの方が参加されているので、マルシェやイベントなどがあると声を掛けてもらったりもしています。小さな規模でやっている企業は、人のつながりが特に大切だと実感しています」

※1…中小企業庁および独立行政法人中小企業基盤整備機構が公募する「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」。革新的な製品・サービスの開発、生産プロセス等の省力化を行い、生産性を向上させるための設備投資等を支援する補助金。
※2…公益財団法人神奈川産業振興センターの略称。中小企業の経営全般、新事業展開、IT活用、生産性向上、マーケティングなど、経営に関する様々な悩みや課題解決の支援を行っている。
※3…公益財団法人横浜企業経営支援財団の略称。中小企業支援法に基づき、横浜市長から指定を受けた市内唯一の「中小企業支援センター」として、中小企業等の経営基盤の安定・強化をはじめ、経営革新、新事業創出、創業の促進のための支援事業等を行っている。
※4…横浜市内産農畜産物を活用して地産地消に貢献する事業を展開しようとする事業者を支援することを目的とした事業。ビジネスプランの策定を支援する育成プログラムを受講した後、補助対象に選定された事業者に対し経費の一部を補助する。
※5…スタートアップの市外からの誘致と市内での事業拡大を支援するために、スタートアップの横浜市内初進出または、市内での拡張移転を対象として、一定の要件を満たす場合に横浜市が助成金を交付する。
※6…横浜市の「輝く女性起業家プロモーション事業」で開催される商品販売展示会。横浜市が連携する集客力のある市内百貨店・大型商業施設のバイヤーや一般のお客様等に向け、女性起業家が自身の商品・サービスをPRする。
※7…女性農業者がいきいきと働き暮らせる「”農”のあるまち横浜」を目指すため、農業経営や地域活動などに主体的に関わっている女性を「よこはま・ゆめ・ファーマー」として認定し、積極的に支援を行う制度。

横浜市内にぶどう農園を開設し、新たなステージへ

横浜で「食のものづくり」が体験できる、自然派ワインの都市型醸造所 横濱ワイナリー株式会社 町田佳子さん

――2020年、横浜市旭区に横濱ワイナリーのぶどう農園を開設。この農園のぶどうは、取るのが難しいと言われている有機JASの認証を取得している。大都市・横浜で、農業から始めるエコ活動に力を入れていきたいという町田さん。この活動は、WWF時代の環境保護活動の延長線上にもあるという。素材を育てることから始める真の「食のものづくり」への挑戦が始まった。

「ご縁があって旭区でぶどう農園をスタートすることができました。『横濱ヴィンヤードオーナー』という会員制度を作り、現在200人ほどの会員がいます。会員の方々が様々な携わり方で農園を手伝ってくれています。農園も醸造所も、みんなで育て・造るという一端を担い、苦労や喜びを共にするというのが、ビジネスとして面白いのかなと思っています。

私が立ち上げた頃、ワイナリーは日本に250くらいでしたが、今は600を超え、競争激化の時代になっています。それに反して、人口も若い人も減り、お酒離れも進んでいる。その中で生き残っていくためには、特長を出さなければと考えました。横濱ワイナリーの強みは、製造工程に関わってもらうこと。そのための情報発信やイベント参加を積極的に進めています」

横浜で「食のものづくり」が体験できる、自然派ワインの都市型醸造所 横濱ワイナリー株式会社 町田佳子さん
ぶどう農園で栽培された有機ブドウ100%の横浜ワイン「carnival」

「やりたいこと、やるべきことはたくさんありますので、自分が何人いても回らないと感じています。だからこそ同じようにできる人間を育てなければいけないなと。最近は、営業担当やお店のキッチンにスタッフが入り、10人ほどで仕事を分担できるようになってきました。SNSの発信を任せられる人が見つかったことで、実際にアクセス数も増えて、認知度も上がってきていると感じています。一人でやれることには限界がある。餅は餅屋ではないですけど、任せられることは任せてしまう方が確実です」

――これから起業を考えている人や起業しても悩んでいる人たちに町田さんから言えることとは。

「自己満足で終わらないことが大切だと思います。『お金を儲けたい』というのもビジネスでは大切だと思うのですが、先を見据えてどうしていきたいか、どう変えていきたいかというビジョンを持ち続けていると、自ずと色々なものがついてきます。そして、諦めないこと。ビジネスを進めていると、日々お金がないとか、支払いどうしようとか、諦めてしまいたくなることがあります。でも諦めたらそこでおしまい。諦めずにやり続けることで、色々なアイデアが湧いてきて、助けてくれる人も出てくると思います」

【プロフィール】
町田佳子氏
横濱ワイナリー株式会社 代表取締役
大学卒業後、証券会社で働いた後、国際NGO世界自然保護基金(WWF)のスタッフを経て2016年にスタイル・ジャパン・アソシエイツ合同会社を創業。2019年4月横濱ワイナリー株式会社へ名称を変更。

【取材】
インタビュアー・執筆/中村奈美子
編集/馬場郁夫・桑原美紀(株式会社ウィルパートナーズ)