「誰かの不要なモノは、誰かにとって必要なモノなのかもしれない」
賞味期限の迫った災害備蓄品などを必要とする団体へ届けることで資源循環型社会の実現を目指す、株式会社StockBase(ストックベース)。現在(※編注:インタビュー時)、横浜市立大学在学中の2人、関芳実さんと菊原美里さんが画期的なマッチングプラットフォームを運営し、ビジネスを通じて社会問題を解決している。
2人の気付きから生まれたビジネスによって、新しい循環が生まれ、モノだけではなく人の想いも運ばれている様子が各地で報じられている。2人を起点にした大きな渦が今、ここ横浜で生まれている。大学卒業を迎える彼女たちの視線の先には何が見えているのだろうか。2人の若き経営者にこれまでの道のりとこれからの展望を聞いた。
学生ボランティアの活動が起業の原体験
--2人は共に横浜市立大学で経営学を専攻。同じ学部の2人だが、当初は違う道を歩んでいた。就職を見据え準備を進めていた菊原さん。一方、大学で「起業プランニング論」を学んでいた関さんは、授業の課題のために起業の種を探していた。この頃の2人には自分たちの将来に関して「起業」の選択肢はなかったという。
関「菊原とは、大学の学生ボランティアがきっかけで出会い、その出会いがそのまま起業のきっかけとなりました。ボランティアは、企業で余ったカレンダーを高齢者施設にお渡しするというものでした。一つの高齢者施設で1か月間に600点も必要とされるなど、とても人気があったのです。こんなに必要としている人がいるということが衝撃的でした。自分が必要ないと思っていたモノや、企業で不要になったモノが、一歩外に出たら別の誰かにとって必要なモノなのかもしれない、と感じたことが起業の原体験となっています」
菊原「その頃はボランティアへの参加が起業につながるとは思っていませんでした。関が大学で受講していた授業内のビジネスプランを練っていたところ、先生からビジネスコンテストへの参加を勧められ、3つのビジネスコンテストに応募しました。その結果、すべてのコンテストで賞をいただくことができました。なかでも、第1回よこはまアイデアチャレンジで最優秀賞を受賞して、自分たちのアイデアが評価され社会で必要とされているかもしれない、と感じた体験がなかったら、今頃どうしていたかわからないですね」
関「当時は5人で活動しており、コンテストは別の団体名『ReLife』で応募していました。新たに捨てられてしまうモノに命を吹き込んで、必要としている人のために活用していくという意味です。コンセプトは今と変わっていません。5人の内の2人が今の私たち『StockBase』です」
--アイデアから実際に起業するまでに、迷いや不安はなかったのだろうか。
菊原「私は就職活動真っ最中で、最後まで悩みました。起業を決める前に先輩起業家の話を聞く機会があったのですが、そのときに『学生起業はお勧めしない』とはっきり言われたこともあり(笑)、さらに迷いました。就職活動では、人の生活を豊かにしたいとの思いからデベロッパーを志望していましたが、学生ボランティアでご飯が食べられない状況の人が大勢いることを知り、今の私たちにできることがあるのでは、と考えました。最後の最後で、学生ボランティアでの経験が背中を押してくれて起業に対する決意が固まりました」
関「私も数日悩みましたが、元々ポジティブなので、『1人でも起業する』と話していました。周囲の方の反応やビジネスコンテストの結果もあって、やる意義があると感じていましたし、ビジネスモデルを組み立てるまでに企業や団体から現場の課題を聞いていたので、その目の前の課題を何とかしたいという思いで事業化を決めました」
ビジネス未経験での会社設立と横浜市の支援
--大学3年の2021年2月、2人は大学を休学し起業の決意を固めた。同年4月に株式会社StockBaseが横浜の地に誕生する。
菊原「大変だったことは、やはりビジネスの経験がまったくない点でした。人脈も経験もなく、名刺の渡し方から営業資料の作り方まで、何もわからない状態で始めたので非常に苦労しました。営業資料はインターネットで調べたり、逆に営業されたときにいいところを吸収したり。初めのうちは大学の教授が何度か商談に帯同してくれたのですが、そのときに名刺交換を学びましたし、常に実地で体験して次に活かしていきました。実は1回目の商談の相手はボランティアのときにお世話になった、とある大企業でした。もし当時その契約が取れていなかったら、その後の契約はなかっただろうと思うくらい大切な契約が初めての商談でした」
関「お世話になった企業が備蓄食の活用に困っていると聞いてはいたのですが、だからといって必ず契約しますとは言われていなかったので、今考えると勢いのおかげだと思います。何もかも未経験でしたし、1人では絶対にできていなかったです。最初は『女性の共同創業はリスクが高い』と周りの方々に散々言われて(笑)、意見が割れたときに多数決で決められるからもう1人入れたら?など、様々なアドバイスをいただきました。今も周りの方にアドバイスをいただきながら、感じたことをお互い話し合って、2人で納得して一歩一歩進むことができています」
--何もかも初めての世界に戸惑いながらも、着実に事業を進めていた2人は、YOXO BOXで実施するスタートアップ支援プログラムの「YOXOイノベーションスクール」、「YOXOアクセラレータープログラム」に参加する。
関「第4期のYOXOイノベーションスクールを受講しました。YOXOイノベーションスクールでは、ビジネスモデルの構築についてだけでなく、自分達とはまったく違うジャンルで起業を考えている方々と意見交換する場があるので、『他の起業家はこのフェーズでこういうことやっているのか』という別の視点からの学びもありました。当時は起業家とのつながりがまったくなかったので、幅広い世代の起業家や起業を目指す方と出会えたことも、私たちの財産となっています」
菊原「YOXOイノベーションスクールが8月で終了して、9月からのYOXOアクセラレータープログラムに株式会社StockBaseとして採択されました。アクセラレータープログラムでは、私たちの事業に関連する大手企業とつないでいただいて、今もお付き合いしています。我々がNHKワールドの取材を受けたときに協力していただいたり、メーカーとの対談や取材などにも取り上げてもらったりと、たびたびお世話になっています」
関「横浜市は起業支援が手厚いです。もし、私たちが別の環境で起業していたら、名だたるスタートアップの中に埋もれていたかもしれません。横浜で起業したからこそ、地域の方々も横浜のスタートアップとして取り上げてくれています。横浜市で事業を営んでいると言うと、横浜市でこういう取り組みを一緒にやりたいと声を掛けていただく機会も多いです」
菊原「横浜市は、実際の事業活動を支援してくれるところがとても強いと感じています。たとえば、実証実験の支援では、みなとみらい地区にある企業にお声掛けしていただきました。横浜市全体のエコシステムのつながりでサポートしていただいたこともあります。自分たちが個別でアプローチしても門戸を開いてもらえないようなところに、横浜市から紹介してくださるのはありがたいです」
DBJ女性新ビジネスプランコンペティションで女性起業大賞を受賞
--モノと想いを循環し、成長を続けるStockBaseは、株式会社日本政策投資銀行が主催する「第9回DBJ女性新ビジネスプランコンペティション」で見事、大賞を受賞した。
関「DBJ女性新ビジネスプランコンペティションは、大学の教授から『非常に有名なコンテストで、出るだけでも意味があると思うから応募してみたら』と勧められました。ダメ元でチャレンジした結果、ありがたいことに名誉ある賞をいただくことができました。今までは、ただ目の前のことだけを考えて進んでいたのですが、もしかしてこの事業で日本一を目指せるのではないか?という手ごたえを感じたことが何より嬉しかったです」
菊原「いただいた奨励金は今まで使ったことがない額なので、何に使ったら効率的に事業成長できるのか、考え中です。受賞当初は、奨励金で現在のシステムを改善して、もっとたくさん循環させる仕組みにしていこうと思っていましたが、まったく違う意見やアドバイスもいただいており、今も検討しているところです」
--DBJ女性新ビジネスプランコンペティションだけでなく、2人は多くのビジネスコンテストに参加している。必ずしも事業の認知度向上だけが目的というわけではないという。
関「ビジネスコンテストに応募すると、実際の事業がブラッシュアップされていきます。周りの人に勧められて応募することばかりですが、日々、商談などで忙しくしていると、事業を振り返る機会がなくなってしまうので、ビジネスコンテストへの参加は目指しているところを一旦立ち止まって考える良い機会になっています」
菊原「ビジネスコンテストの準備はとても大変なので、自分たちで見つけて応募していたら、忙しさに流されて途中で辞退していたかもしれません。人から勧められるとそれに応えたいという気持ちが出てきて、それも大きな原動力になっています」
--着実に歩み始めた株式会社StockBaseは、メディアでも注目を集める存在となっている。しかし、2人はそんな自分たちを冷静に俯瞰しているようだ。
菊原「起業してから、お声掛けいただいたことに関してはできる限りお断りせずに活動してきました。すると、たくさんのチャンスが降ってきました。ビジネスコンテストもそうですが、他の方から勧められたことに『イエス』と応えて進んでいけば、自分たちが知らない世界につながってアプローチできる範囲も広がるので、優先的に取り組むようにしようと考えています」
関「海外向けの取材も経験しましたが、まずは日本での展開を考えています。今までの私たちは、『学生起業・女性起業・社会課題解決型ビジネス』という存在として、存在自体が目新しく、メディアが飛びつきやすい条件が揃っていましたが、4月からは『学生』という看板がなくなるので、改めてブランディングをどうしていくか、自分たちから仕掛けていかないといけないと思っています」
日本一の循環型プラットフォームを目指す
--この春、株式会社StockBaseは3期目を迎え、学生だった2人はいよいよ経営者という一本道を歩み始める。起業以来、2人を取り巻く環境は大きく変わり続けているが、2人で描く、これからのStockBaseとは?
関「日本一の循環型プラットフォームを目指しています。今は『備蓄食』という限られた領域で展開していますが、『備蓄食の活用といえばStockBase』というところまで認知度を高め、徐々にカテゴリーを拡大していきたいです。使われないモノが廃棄されている現状は、やはりとてももったいないことですし、それを必要とする方がいる『かも』しれない。我々が、その『かも』をつなげるプラットフォームになりたいと強く思っています」
--最後にこれから起業を目指す人へメッセージを送ってもらった。
菊原「サラリーマンからの起業など、ビジネスのことを知っていて起業する人が多いと思いますが、私たちは本当に何も知らないところから起業しました。それでも、今はサービスを使ってくれる人も増え、『StockBase知っているよ』と言ってくれる声を聞くことも多くなってきました。やりたいことがあるならば、やはり実際にやってみることが大事。ぜひチャレンジして欲しいです」
関「2人で始めたとはいえ、最初は会社として孤独でした。でも、チャンスを活かして、色々なところでピッチをしたり、事業の説明をしたりすることで、共感してくれる人が必ずいるということに気付きました。私たちは、共感してくださる方々のおかげで今があります。自分1人ではできないと思っていても、一歩を踏み出すことで必ず共感して力になってくれる人がいると今は感じています」
【プロフィール】
関芳実氏
株式会社StockBase 代表取締役
2000年生まれ、神奈川県横浜市出身。横浜市立大学国際総合科学部 会計学コース 税務会計専攻。
菊原美里氏
株式会社StockBase 取締役
1999年生まれ、長野県出身。横浜市立大学国際総合科学部 経営学コース 起業家人材論専攻。
【取材】
2023年2月
インタビュアー・執筆/桑原美紀(株式会社ウィルパートナーズ)
編集/馬場郁夫(株式会社ウィルパートナーズ)