JR桜木駅から歩いて5分の小さなビルの2階に「Casa de Luz(カサ デ ルス)」はひっそりと佇む。ここはキャンドルアーティストの高野寧子さんが、2020年の4月に移転オープンしたキャンドル教室兼アトリエだ。誰でも簡単に楽しめる体験レッスンから、キャンドルの基礎を学べるコースまで、顧客の希望に応じたレッスンを行っている。
キャンドルを始めてからわずか1年で独立開業を果たした高野さんは、どんな道のりを歩んできたのか。また、2児の母でもある彼女は、どのように仕事と子育てを両立しているのだろうか。キャンドルの火が灯るアトリエで話を伺った。
キャンドルとの出会いは学生時代の旅行
キャンドルとの出会いは高野さんが20歳の頃。学生時代までさかのぼる。
「学生時代、ヨーロッパに留学や旅行で行くことが多く、スペインに留学していました。ヨーロッパの人にとってキャンドルは身近であり生活の一部。宗教との結びつきも強く、家の中や街中にもキャンドルを灯す文化があります。キャンドルのある風景が好きで、日本にいるときも自分でキャンドルを買って、灯していました。今みたいにキャンドルが広まっていなかった頃です」
しかし、当時の高野さんにとってキャンドルはあくまで好きなものの一つ。仕事にしようとは思わず、大学卒業後は広告代理店に入社。25歳で長女、27歳で長男を出産。その後フリーランスとして、ライターやコンサルティング業に転じた。34歳の頃、子育てと仕事を両立することの難しさを感じ、キャリアチェンジを決意する。
「当時は会社員を辞めてフリーランスをしていましたが、主人も私も長野県出身で、近くに両親がいるわけでもない。身近に頼れる人がいない中で、やりがいを持って仕事をし、子育てもするにはと考えたら、手に職をつけて独立するのが近道だと思いました」
インターネットで自分に合う仕事を探す中、目に留まったのがキャンドルだった。
「まずは自分の好きなことを仕事にしようと考えました。でも、好きなことはアパレルやお花、雑貨、カフェなどたくさんありますが、30代半ばで、未経験の仕事をゼロから始めるのはどれも難しいだろうと思いました。その中で、キャンドルが仕事になることをインターネットで偶然知りました。キャンドルなら私好きだな、と。好きなだけでなく、人の心に響くものだということを使っている側だからわかっていた。見た瞬間に、これを仕事にしたいな、できるな、と思ったところがきっかけです」
思い立ったら即行動。2016年の7月からJCA(日本キャンドル協会)のスクールに申し込み、2か月でキャンドルアーティストの資格を取得した。
キャンドルは趣味ではなく仕事にすると決めていた
アーティストの資格を取得した直後から、独立に向けてキャンドル教室の物件探しをするなど精力的に活動を始める。最初から、キャンドルを趣味ではなく仕事にすると決めていたので、ゴールは明確。1年以内に開業すると決めて、道筋を立てたという。物件探しと並行して、2016年11月に開催された横浜市主催の女性起業家支援イベント(※)にも応募した。募集締切りまで2週間しかない中、事業計画書を含む応募書類を書き上げた。
「資格を取った直後なので、ホームページもなく、屋号しか決まっていない状況でした。でも、チャンスを逃したくなかったし、通るかわからないけどとにかく書こうと思いました。今思えばあのときが本当のスタートですね。幸いなことに審査を通過し、ブース出展することができました。いろんな方に見ていただく機会となり、百貨店などでのワークショップのお話もいただきました」
※…働く女性や女性起業家のキャリアアップやネットワーク形成を支援する、学びと交流のイベント「横浜ウーマンビジネスフェスタ」と、同時開催された女性起業家による出展ブース「よこはマルシェ!」。
この横浜市の女性起業家支援イベントの出展を機に、さまざまな方面で反響やつながりを得た高野さんは、2017年の1月1日に開業届を出した。資格を取得してからわずか半年たらず。「1年以内に開業する」計画を実行した。最初は、桜木町ではなく、馬車道でキャンドル教室を始めた。横浜へのこだわりを聞くと、
「横浜には21歳からずっと住んでいるので、第二の故郷です。子供たちは横浜で育っているので、横浜が故郷。開業するなら横浜でと決めていました」
という。高野さんはその後も横浜市の「輝く女性起業家プロモーション事業」の支援を数年受け、「横浜女性起業家COLLECTION2018」に出展。百貨店・大型商業施設とのマッチングを経て、横浜髙島屋、モザイクモール港北でキャンドル作品を多くの人に知ってもらう機会を得ている。
1年間の赤字を覚悟で借金をするも、半年で黒字化
事業開始に必要な初期費用は、まず自己資金で200万円を準備した。さらに(株)日本政策金融公庫から200万の融資を受け、合計400万円の元手で事業をスタートさせた。
「1年間やって黒字の目処が立たなければ、事業を諦めようと思っていました。とにかく1年間は続けてみようと。計算すると、仮にお客さんが来なくても400万円あれば1年間事業を継続できることがわかったので、安心して続けるためにもお金を借りました。借金することは恐怖ではなかったか、とよく聞かれます。でも、車1台分程度のお金だし、自分の人生をかけるのだから、安いものだと思って。仮に事業が上手くいかなくても、200万なら返せる範囲だと思ったので、特に怖くはなかったです」
短期間で必要な準備を整え、スタートを切ったカサデルス。1年間は赤字を覚悟していたものの、実際は半年で黒字化し、売上は予想の2倍を達成。事業は順風満帆に進んでいく。一方で、高野さんは当時を振り返ると、忙しすぎてあまり覚えていないという。徹夜作業も多く、体を酷使して働いていたため、同じことは二度とできないと語る。
「準備期間が短かったので、常に走りながら考えている状況でした。借金もあるし、事業に失敗したら、子供や主人を巻き込んでしまう。人は背負うものがあると、必死さが違います。結果的には、必死にやったからこそ半年で黒字にできたけど、同じことをやれと言われても絶対にもうできないですね。反省点をあげるとすれば、1年間の計画は立てておいた方がいいということ。私は短期間にやることを詰め込みすぎて、連日の徹夜もしょっちゅうでした。30代半ばだから無理がきいたけど、今思えば倒れてもおかしくなかったと思います。そうならないように、1年でここまで、半年でここまで、と無理のない計画を立ててそれを実行する。仕事は自分の体が資本なので、倒れたら元も子もないですよね」
集客はインスタグラム、販売は受注生産がメイン
キャンドル教室の事業が軌道に乗った高野さんは、2018年にオリジナルのブランド「para ti…」をスタートさせた。ECショップを作り、受注生産している。起業当初からプロモーション活動はインスタグラムが中心。現在では「Casa de Luz」と「para ti…」と2つのアカウントを運用。合計すると11,000を超えるフォロワーがいる。どのようにしてフォロワーを増やしていったのだろうか。
「起業した頃は毎日最低1回、できれば2,3回は投稿していました。広告宣伝費をかけないかわりに、投稿だけは毎日やると決めていました。当時は、知名度もなく、フォロワーは600人ほど。作品を投稿するだけではなかなか見てもらえません。だから、なぜキャンドルを作っているかという自分の考えや、気持ちを投稿しました。嬉しいことやしんどいとき、子育てで悩んでいることなども、素直に綴るようにしました。すると、同じ30代で子供を持つ女性を中心に共感してくださる方が徐々に増え、スクールを受講したいというお問い合わせもいただくようになりました」
高野さんは、キャンドル作りの技術を深め、他にはないオリジナルの配合やデザイン、火の灯り方をするキャンドルを追求したこともフォロワーの増加につながったという。
「学校で教わった通りのものを作っていたら、人と同じものしか作れません。自分なりに素材や配合、温度などをいろいろ試して、一般的にだめだと言われることもやってみて、質感や火を灯したときの姿が魅力的なキャンドルを追求しました。私は、キャンドルをただ、見た目がきれいとか、かわいいなどのうたい方はしていません。見た目がきれいなのはもちろんですが、火を灯した姿が一番美しくあってほしいのが私のコンセプト。そこに共感してくださる方が増えていった。他には真似できない、カサデルスらしい質感、デザイン、火の灯り方をする作品を出していくことを意識しました」
現在、ECショップでの販売は、1週間の注文期間を設け、注文後2~3週間で納品する。ギフトやウェディング用としての購入や、自家用に毎月購入するリピーターも増えている。また、小売店ではNEWoMan横浜にある「2416MARKET」などで販売している。収益の一部は、神奈川県立こども医療センターや、NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクトなどに寄付している。
家族との時間を大切にできるのも今の仕事のおかげ
2021年1月でオープンから4周年を迎えるカサデルス。現在の仕事の内訳は、レッスンを月10日程度とし、キャンドルの受注生産に力を入れている。また、北海道や山梨の花農家と提携し、買い取った廃棄される花(ロスフラワー)を使ったキャンドル作りを行っている。インスタグラム更新やECショップなどのすべてを一人で行う今、多忙を極める中でも、子供と触れ合う時間をいつも大切にしているという。
「事業を開始した頃はがむしゃらだったので、子供たちのことは主人に任せていた部分がありました。ただ、最初に計画した通り、徐々にキャンドル教室の割合を縮小し、キャンドル作りの比重を増やしていった結果、今は理想のバランスで働けています。自分で自由に調整できる時間が増え、昔に比べて子供たちと過ごす時間をしっかりとれるようになりました。娘や息子が学校からアトリエに帰ってきたり、勉強しに来たりすることもあります。今は一緒に過ごす時間がとにかく楽しいですね。だから、いつか成長して、今みたいな時間がとれなくなるのがすごく寂しい。こうした気持ちになれるのも、やりがいがあって、自由にできる今の仕事のおかげだと思います。もし、仕事をせずに子育て一本だったり、好きじゃない仕事でストレスフルだったりしたら、子供との時間を楽しめる心の余裕を持てなかったと思います」
高野さんに起業を目指す方に向けてのアドバイスを聞くと、やはり計画が大事だという。
「独立を目指すスクールの生徒には『期限を決めよう』とよく言っています。いつか独立したいなぁ、ではなく、3年後はこうなっていたいとゴールを決めて、そこに向かう道筋を考えることが大事。なぜかというと、今持っている熱量を3年後、5年後まで維持するのは難しいから。今できない理由はたくさん出てくるけど、先延ばしにすればするほど、熱量も下がってしまいます。だから、半年後には独立して、1年後には今の収入と同じだけ稼ぎたいなど、常に期限を決めて、そこに向かって行動するのがいいと思います」
作ること、教えることを通して思いを伝えたい
キャンドルアーティスト兼講師として独立をしてまもなく5年目に入る高野さん。「手に職をつけて独立」「仕事と子育ての両立」を実現した今、今後の展望を聞いてみた。
「スタートした頃の計画では、3年後にキャンドルスクールはやめると決めていました。特に教えることが好きなわけでもないですし、それ以上に、作り手として誰かの心に響くキャンドルを作り、自分の思いをつなげていきたかったから。でも3年経ってみると、たくさんの生徒が育って、自分の夢を叶えていきました。独立後も、何かあれば私に相談してくれます。生徒との縁がつながり、広がっていくのを経験すると、この縁を切りたくないし、縮小してでも教室を続けていこう、と考えるようになりました。だから今でも月10日のレッスンを続けています。今後の目標は、教えることと作ることを10年、20年と継続していくこと。何事も続けることが一番難しいことだと思うので。そして、自分の思いを作品や生徒を通して伝えていけたらいいなと思っています」
【プロフィール】
高野寧子(たかのやすこ)
1981年生まれ・長野県出身。18歳で進学のため上京。大学卒業後は広告代理店勤務。
25歳で長男、27歳で長女を出産。その後フリーランスとして、ライターやコンサルティング業に転身。2016年8月JCA(日本キャンドル協会)の認定キャンドルアーティストの資格を取得。2017年に開業、馬車道でキャンドル教室Casa de Luz(カサデルス)をオープン。2018年オリジナルブランド「para ti…」をスタート。2020年4月、アトリエを桜木町に移転オープン。
【取材】
2020年12月
インタビュアー・執筆/小口真和
編集/馬場郁夫(株式会社ウィルパートナーズ)