1960年代に造成された横浜市金沢区・金沢西柴の分譲住宅団地は、造成後40年以上が経ち、65歳を超えるシニアが40%以上と、全国の高齢化率の平均27.7%を大幅に上回る。
この街で市民が「自分たちの力」で立ち上げたのが、コミュニティカフェ「さくら茶屋にししば」だ。様々な人が、いつでも集えるようにと設立した2つの拠点は、福祉のまちづくりを推進していると評判を呼び、遠方からも様々な関係者らが視察に訪れる。代表の岡本溢子さんと事務局長の阿部茂男さんに、設立の経緯や活動内容、これからの課題を聞いた。
[ 表紙写真 ]NPO法人「さくら茶屋にししば」理事長の岡本溢子さん(右)と同事務局長の阿部茂男さん(左)
高齢化でコンビニもなくなった?!
代表の岡本さんは小学校の元教師。退職後は西柴地域のボランティア団体福祉サービスで4年ほど活動した経験から、コミュニティカフェを作ろうと思い立った。「決められた日時に行う福祉サービスはいわば点。いつでもやっている面のような場所が必要だと思いました。地域の誰もが利用できる居場所をつくるのに、何の不安や迷いもなかったですね!」と岡本さんは朗らかに笑う。
岡本さんは、以前は小学校教師だった。ポジティブでアクティブな優しい先生の雰囲気は今も健在だ。
岡本さんがまず行ったのが、地域住民にコミュニティカフェ設立の意見を聞くアンケートだった。全戸1,800世帯に配布したアンケートは、約2割もの回答が集まった。アンケート用紙には様々な意見や要望がたくさん記入され、紙が足りなくて別の紙に書き込む人もいたほどだった。
背景には西柴団地の置かれた状況がある。小高い丘の上に位置する西柴団地は、30年ほど前に地域で唯一のちいさなスーパーマーケットが閉店し、さらに日用品を扱う薬局が閉店すると、丘から坂道を下りないと買い物ができなくなった。当然、帰りは買い物袋を提げて坂を上る。高齢者には大変な生活だ。
アンケートの協力者を募る欄には24人が名前を書いた。この中の一人が、現事務局長の阿部茂男さんだ。アンケートに込められた住民の声に大きな手応えを感じ、2009年3月「西柴団地を愛する会」を発足。地域住民が必要とするサービスの実現に向けて準備を始めた。
岡本さんたちは同年4月、横浜市都市整備局の地域まちづくりの推進の助成金「ヨコハマ市民まち普請」に応募。2度のプレゼンを経て翌4月には見事500万円の助成を得た。コミュニティカフェの開設は一気に実現へと動いた。
無理なくできる仕組みづくり
目玉となる活動は、曜日替わりにランチを提供するサービスだ。メニューと調理メンバーを曜日ごとで固定し、営業を行う。例えば、月曜日はオムライスを担当するグループとし、毎週月曜日はオムライスを提供するというサービスだ。
月曜日から土曜日まで週6日のランチを提供するのに、総勢50人が参加している。
事務局長の阿部さんは、この方法のメリットを次のように語る。「メンバーは毎回同じメニューを作るので、料理はプロ級の腕前になります。作り手は安定し、何を作るか迷うこともない。メンバーは各曜日8人くらいですが、調理場は広くないので4人もいれば充分です。自分の体調や予定を優先してもらい、無理なく楽しくボランティアをしてもらえます。一方、利用するお客側は毎日メニューが変わり、さらに主婦の作る料理なので安心で美味しいと好評です」
地域住民の利用が定着すると、今度はこれを辞めないでほしいという声が多く寄せられるようになった。継続を担保しようと2011年、NPO法人の法人格を取得し、「特定非営利活動法人 さくら茶屋にししば」となった。
阿部さんは、航空会社の元整備士。民間企業時代の経験を生かした組織運営や広報紙作成など、「さくら茶屋にししば」には欠かせない存在だ。
対象は高齢者から多世代交流へ
さくら茶屋のオープンから3年後の2013年、同じ商店街の並びに2号店「さくらカフェ」をオープンさせた。理由は、店の前の通学路を通る小学生たちだった。
岡本さんは「お店の前を通る子どもたちを見ていて、何となく気になる子がいたんですね。地域にも色々な子がいて、子どもたちの居場所の必要性を感じたのが一番の理由です」と、当時を振り返る。さくら茶屋にししばは、「さくらカフェ」のオープンにより、高齢者だけでなく、子どもや子育て中の母親も巻き込み、活動を広げていくこととなる。
「さくらカフェ」は、ランチの提供の他、小学生の登校前教室「朝塾」や、様々な世代の人が同じテーブルを囲む「大家族食堂」などを開催する。「大家族食堂・さくら食堂」は月2回の開催で、今年で4年目。大変な人気で毎回100名前後が集まる。赤ちゃんから高齢者まで一緒にカレーライスを食べ、多世代での交流が行われる。お代わり自由で未就学児は無料、小学生100円、大人300円と安価に提供する。食材の米や野菜は寄付で賄う。毎回、食材を寄付する住民もいて、地域で温かく支えられた活動だ。その他、ひな祭りやハロウィンなど季節の子どもイベントも賑やかに開催する。
子どもイベントのハロウィンの様子。季節ごとの行事で地域の親子が交流し楽しむ機会となっている。
運転資金の中心はカフェ収入、支える助成金
「さくら茶屋にししば」を運営する資金は、日々のランチからの収益と助成金だ。当初の「まち普請」助成金500万円も、店舗開設のための改装費用にあてられた。不足分は地域住民から寄せられた寄付金で補った。
また、2号店である「さくらカフェ」の改装費用も、横浜市経済局の助成金を活用した。そのほか横浜市健康福祉局の介護予防プログラム「げんきライフ」などである。最近では行政の助成金のみならず、民間企業からの資金援助を受けることもある。
事務局長の阿部さんは「ランチ運営だけだと資金は足りていません。1~2割は補助金で賄っています。食材費を節約する方法もありますが、調理メンバーの、良いものをお客様にお出ししたいという思いを尊重し、予算を削らず運営しています」という。
活動を担う頼もしいメンバーと次なる課題とは?
今の運営を支えるメンバーは、事務局の8人が中心。月1回会議を行い、地域の声等を共有し、議論を行う。また、第3水曜日には、20人程度のメンバーで事務局での会議内容を基に、さらに話し合いが重ねられる。会議を毎月継続して行う秘訣は、「議案書」にあるという。議案書は毎回、事務局長の阿部さんが作成する。議案書があることで、論点が整理され、順序だった話し合いができるのだ。こうした着実な組織運営が、さくら茶屋にししばの運営を支えている。
充実した広報物。イベント情報や助成金のことなど必要な情報が掲載される。2015年からカラー版になった。地域のタウンニュースのようによく読まれ、スタッフよりイベント情報を把握している住民もいる。
「ここまでやれたのは、良い仲間がいっぱいいたから。事務局長の阿部さん、会計担当、買い出し担当など人に恵まれました。毎月発行の広報紙は、まるで地域のタウンニュースみたいに皆よく読んでくれています」と岡本さんは嬉しそうに語る。広報紙の配布は約40人の協力者が2,800世帯に全戸配布している。さくら茶屋にししばの活動を支えるのは、ボランティアスタッフが84人と、それと別に40人の協力者、賛助会員の150人と、全体では400人くらいだという。
そんな頼もしいメンバーと組織運営を進めるさくら茶屋にししばの課題とは何だろうか。それは、次世代の獲得と育成だ。
1号店のさくら茶屋
岡本さんは「活動も10年目なので、私を含めメンバーはそれだけ年を重ねました。今は定年が伸びて、60歳を過ぎても働くようになったので、その分、ボランティアを確保するのが難しいですね。
さくらカフェができたことで、若い世代を巻き込んで活動できるようになり、自然と調理グループなどのボランティアは若返ってきてはいます。さくらカフェを利用した若い母親世代が20~30年後、心の中にさくら茶屋が残っていて、その時の何人かがここに戻ってきて活動を支えてくれると嬉しい」と次世代へつなぐ思いを語った。
「私は“さくら茶屋にししば”は地域の人の居場所としてこだわる必要はないと思っています。時代に合わせ、その町の状況にあった形態に変えていくことが必要だと考えています」そう語る阿部さんの目は、常に時代の一歩先を見据えている。
組織概要
さくら茶屋にししば
http://sakurachaya.moo.jp/
所在地:横浜市金沢区西柴3丁目17-6
【取材】
インタビュアー / 野崎智也(株式会社イータウン)
レポート・撮影 / 中山貴久子(株式会社イータウンレポーター/森ノオトライター)
取材:2019年1月